欧米と日本とでは扱いもかなり異なる尊い行為 「キス」
「キス」(kiss) とは、唇を相手の唇や顔、手、その他身体部位に接触させて愛情や親愛、尊敬などの感情を表現する行為全般を指す言葉です。 日本語ではキスの和訳として 「接吻」 や 「口づけ」、俗語的な言い回しでキスする際の音から 「チュー」 や 「チュウ」「チュッチュ」、砕けた表現で 「キッス」「チッス」 みたいに表現することもあります。 唇を重ねる、寄せるといった云い方もされます。 これら 概念 としてのキスは日本においては西洋文化・風俗の輸入の形で定着しますが、それ以前にも日本固有の類似行為は存在していました (後述します)。
欧米では 日常 の挨拶や儀礼として行われるほか、日本でも恋愛における親密なコミュニケーションや性的な愛情表現として行われます。 口づける顔の部位によってデコチュー (おでこ/ フォーヘッドキス) やホッペチュー (ほっぺた/ チークキス) と呼んだり、ディープキスといった 舌 を入れたり絡めるものについてはベロチューと呼んで区別することもあります。 手や脚などへのキスも同様に手キスや脚キス、指を唇に当てて投げる仕草は投げキッス、同じものに口をつけることは 間接キス、目を閉じて唇をすぼめて尖らせた表情はキス顔と呼びます。 人以外の動物や物品に親愛の情を示すために行うこともあります。
一般におでこやほっぺた、唇や頭や 髪の毛 に対するキスは愛情や親愛の情、可愛いと思う気持ちや友情や感謝をあらわすとされます。 首筋やその他の身体ではそれらに加え性的欲求や独占・執着を、手に対しては尊敬や忠誠、称賛を、脚や足に対しては同じく忠誠や服従、屈服や卑屈な様を表わしたり象徴することが多いでしょう。 中でも唇と唇を重ねるキスはもっともポピュラーで、かつもっとも重要なものとして扱われます。 とりわけ人生で初めてのキスは、ファーストキスと呼ばれて大切なものだと考える人もいます (あくまで唇同士のもの)。 初めてのキスの味はイチゴ味と呼ばれますが、青春 の甘酸っぱい感じがするからでしょう。
なお おたく や ネット の世界では、パソコンで制作した 16色 の CG (MAG) や パソ通 が盛んだった頃に、キャラクター の着せ替えツールとして広く普及したフリーウェアの 画像 ビューアアプリ 「KISS」 を指すこともあります。 このアプリ名に関わらず、どこか微笑ましく可愛らしくも感じられる 「キス」 や 「KISS」 は、様々なものの名称にも用いられます。 もちろん本来の意味のキスも、様々な コンテンツ の様々な シチュエーション でそのままの意味で登場します。
ちなみにアメリカのお菓子メーカー ハーシーを元祖とするチョコ菓子にキスチョコというのがあります。 銀紙に個包装された一口サイズの小さなチョコですが、これは製造時にチョコを絞り出す製造装置の稼働音が 「チュッ」 というキスのような音がしたり、食べる時に唇がキスをする時のような形になるからなど命名の由来には様々な説があります。 お酒の場に出されることもあり、酔っぱらった人たちの間の下世話な遊びや ゲーム で使われることもあります。
恋愛・性的な好意としては軽めながら実は重い 「キス」
日本のコミュニケーションにおけるスキンシップ・肉体的接触としてのキスは、握手や手つなぎや ハグ (抱擁) に次ぐものと考えられています。 いずれも 着衣 状態でも行えて、かつ人によっては公衆の面前でも行い得るものですが、キスの場合は対象がある程度明確に区別されており、おおむね家族 (夫婦間と子供が小さい時の親子間や子供間) か恋人関係にある相手のみに限られます。 欧米ほどのカジュアルさはなく、かなり相手 (おおむね場所も) を選ぶのですね。 ベロチューについては 「粘膜の接触」 あるいは 「体液の交換」 をも伴うことから恋愛関係における性行為の一種としての 認知 もされます。 いわゆる ABC の順番・段階では 「A」 と呼ばれます。
手つなぎなどと同じように身体的接触としてはもっとも軽いもののひとつという側面と、性行為の一部というやや重い側面、加えてお互いの顔を近づけて接触するという距離感と、さらにはベロチューについては他の性行為とも異なり双方の行為に対する意志が必要という点で、あらゆる接触の中でも多様性に富み特別な地位を占めているものと云っても良いかもしれません。 それは一部の女性に 「好きでもない相手に身体は許しても唇は許さない」 といった価値観や倫理観、矜持が生じるほどのものとなっています (同様にハグにそれを感じる人もいて、双方を合わせた 「ハグとキス」(xoxo/ Hugs and Kisses) という概念もあります)。
俗語的な表現として先にも触れた 「間接キス」 があります。 唇を直接相手と接触させず、同じ食べ物や飲み物、タバコなどに口をつけての回し食い・回し飲みや、箸やスプーン、フォーク、コップやストローといった食器類や笛などの楽器類を シェア して、間接的にキスをしたと見なす考え方です。 若者の間にとくに顕著であり、いかにも思春期らしい感受性だとも云えますが、実際は大人になってもちょっとドキッとするものではあります。 これは相手が自分に対して一切の衛生的・生理的な嫌悪 を覚えていない、あるいは好意を持っていると感じられるからでしょう。 ドキッとしてしまうのは、相手が異性であれ同性であれ恋愛対象であれ友人であれ、家族同然に受け入れられたという安心感や親しみから生じるトキメキや喜び、あるいは感激でもあります。
一方、お酒に酔うなどして誰彼構わずキスをするような人は、俗にキス魔と呼びます。 前述したようにキスには 「相手から受け入れてもらった証」 みたいな意味がありますから、寂しがり屋や自己肯定感の低い人の 承認欲求 の発露としての側面があります。 泥酔によってタガが外れてそれが前面に出てきてしまうのでしょう。 恋愛ソングなどによくある 「キスして欲しい」(キスミー/ kiss me) には 「私を 愛して 欲しい」「受け入れて欲しい」「認めて欲しい」「それをキスによって証明して欲しい」 という強い感情の ニュアンス があります。
より軽い ノリ で、主に男性側が主導して下心がある場合、前述したキスチョコやポッキーといったお菓子を用いて口移しで相手の口に食べ物を運ぶとか、より激しいものではお酒の口移しなどもあります。 合コンや サークル の飲み会といったノリが重視されがちな酒宴の席で、王様ゲームのような下世話な遊びの 罰ゲーム に供されることも多いでしょう。 とはいえいくら飲酒しているとはいえ、ここまでする・できるのは、かなり特殊な状況なり人間なりでしょう。
マンガやアニメなどにおけるキス
マンガ や アニメ といった創作物の世界では、裸体や直接的な性行為を描けない全年齢向け・健全 とされる範囲に収まる最大限の 恋人しぐさ、恋愛・身体的接触がキスであり、合意の上でのキスを持っておおむね交際・恋愛関係が成立あるいは成就したものと判断されます。 何らかの 勝利 に対するご褒美、トロフィー (戦利品) として用いられることもあります。 マンガなどでの恋愛表現としては、少女漫画の世界がリードし、その後少年漫画でのラブコメブームがそれを補強したという面はありそうです。
またキス以上の行為が描ける エロ・成人向け の 作品 であっても、キスは重要なものとして扱われます。 とくに合意のない性行為におけるベロチューの強要とその受け入れには、行為を拒否し受け入れる側の心理的なあれこれを視覚的に示唆する演出として扱われ、「それだけで 抜ける」「無理矢理の挿入より背徳感があって興奮する」 という人も少なくありません。 中でも背が高い相手とする 「背伸びキス」(つま先立ちキス/ もっぱら女性と男性との身長差を指す) は、その健気さや能動性の高さからキスの最高峰と目されています。 合わせてハグも加われば完璧です。
なお性器に対するキスも存在します。 男性器に対するチンキスとか女性器に対するマンキス、アナルキスみたいに呼ぶこともあります。 とはいえこちらは口づけるだけでなく舌で舐めるとか男性器なら口に咥える、女性器やアナルなら舌を入れるといった行為も組み合わされることがあり、それぞれフェラチオ (フェラ) とかクンニリングス (クンニ)、アニリングス (アナル舐め) と呼ぶことが多いでしょう。 同様に手や足に対しても口づける以上の場合は手舐めとか足舐めみたいに呼びます。
歩いていて出会いがしらに偶然にぶつかってしまうなどして意図しないキスというか唇同士の接触が生じる事は、事故 によるキスとして 事故チュー と呼びます。 これは他のちょっと性的なあれこれが偶発的に生じるものと一緒にラッキースケベと呼ぶこともあります。 お互いに意識し合って好意すら持っているのに素直になれない 主人公 と ヒロイン が、この偶然の事故をきっかけにお互いをより強く意識したり、関係を前に勧める大きなきっかけのひとつになったりします。 物語 の序盤でのそれは、両者に極めて強固な 伏線 や 恋愛フラグ が生じたことを意味するでしょう。 おおむね双方による 「汚い、ペッペッ」「こっちこそ被害者だ」 みたいな拒否反応が お約束 です。
相手の身体へキスや愛情の痕跡を残す 「キスマーク」
キスによって身体に変化が生じるもののひとつに 「キスマーク」 があります。 唇以外の身体部位にキスをする際、肌を口で強く吸うことによって生じる赤い痕のことです。 打撲によって生じる痣 (あざ) と同じ仕組みで、 皮膚の浅い部分にある毛細血管が強い吸引力で破れて起きる内出血であり、医学的には吸引性皮下出血と呼ばれます。 英語でラブバイト (love bite) やヒッキー (hickey) と呼ぶこともあります (人やペットに対する甘噛みや、単なる小さな肌の赤みを含むことも)。
1日からせいぜい数日程度で消えますが、相手の身体に 「自分の恋人である」 という証拠を残したい、あるいはそれを周囲へ見せるために行われがちで、恋人とのスキンシップや性行為の際に無理がない位置で、かつ服を着ていても隠しづらい首筋につけるケースが多いでしょう。 独占欲が強かったり相手の浮気が強く疑われる場合、さらに胸や太ももなど性器のそばにつけて浮気相手への牽制に用いることもあります。 いずれにせよ強い愛情や独占欲を持つパートナーの存在が予想できる行為や痕跡であり、誰かにつけられてそれに気づかないでいると周囲から 「あらあら、お盛んですことオホホ」 みたいに見られるので注意するようにしましょう…。
なお口紅をつけた唇が触れるなどして服や食器類に付着した唇型の痕跡 (口紅跡や口紅マーク) をそう呼ぶこともあります。
「キス」 の起源と人に与える影響 「美味しいキス」のありやなしや
キスそのものの起源についてははっきりしません。 とはいえ人間以外の動物にも自分の身体以外への口や舌を使った毛づくろい (グルーミング) とか、親が子に口移しで食べ物を与えるなどがありますから、文化や風習ではなく社会性のある動物・生物としての本能的・根源的な感覚から来たものなのでしょう。 恋人や夫婦間の日常的なキスには愛情表現やリラックス効果の他、関係性の継続的な確認作業という側面もありますし。
またディープキスでは唾液の交換が生じますが、そこで動物としての相性が分かる (あるいはその判別の一助としている) という考え方もあります。 匂い・フェロモンもそうですが、人によって合う合わないという感覚は、それこそ細胞や遺伝子の レベル で実際に強く感じられることがあります。 合う相手とは恋愛感情以前に一緒にいるだけで安心感を覚えたり自然とリラックスしたり好意を感じやすくもなるのでしょう。 まるで自然の 媚薬 や魔法がかかっているかのようです。
ちょっと キモイ 言い方をしますが、本当にお互いに相性が合う場合、それこそいつまでもずっとベロチューし続けたくなるほどの快感や多幸感があります。 恋愛感情が乗った 「甘いキス」 ではなく、本能的あるいは味覚的ないわゆる 「美味しいキス」 って本当にあるんだみたいな。 自分の足や 靴下 の匂いをつい嗅いでしまうような、抗いがたい圧倒的な同質性に対する心地よさがありますね。
逆に相手がどれほど魅力的な存在でも、どうしても身体が受け入れられない、生理的に無理だという状況もあります。 思春期の頃に異性の家族に対する強い忌避感や嫌悪の感情は多くの人が覚えるものです。 それは成長の過程における親離れのためでもあるし近親相姦を避けるためでもあるのかもしれませんが、それと似た 「一緒の空気も吸いたくない」 ような感覚です。
日本における 「キス」 の受容と変容
欧米においてキスは、恋人同士の愛情表現にとどまらず家族や友人、同僚らに対する挨拶や敬愛の印として日常的に行われています。 頬に軽く触れるチークキスなどは公共の場でも自然に行われる親密な習慣として社会に根付いており、また親密さのアピールのために ビジネス や政治、宗教の場でも性別を問わず広く行われてるのが特徴です。 ハグや握手もそうですが、身体接触を伴う濃厚なコミュニケーションが欧米文化のひとつの特徴です。
一方で日本におけるキスは、長らく極めて個人的かつプライベート・性的な意味合いを強く持つ行為とされてきました。 人目、とくに家族や親密な友人でもない第三者がいる場所で行うことなど結婚式での儀礼的なものが戦後に広まった程度で極めて稀であり、欧米のように挨拶として日常的に行われることはまずありません。 挨拶などは一定の距離を置いてお辞儀をする、会話や表情で行うのが中心で、身体接触には消極的です。 恋人や夫婦間の関係性の確認では、「愛してる」 と口に出すことすら避ける傾向が強いでしょう。
時代を下るにつれて欧米式に 「ちゃんと 「愛してる」 と口で伝えよう」「日ごろのキスやハグなどの行動で示そう」 とは叫ばれるようになっています。 しかし、いちいち口や行動に出さず阿吽の呼吸や以心伝心で信頼し合うというのが良くも悪くも日本文化の真骨頂です。 恥じらいを重んじる日本の文化においては大切な相手との公共の場でのキスなど 「はしたない」 とされ、街中で周囲を気にせず二人だけの世界に浸ってキスやハグをするカップルは慎みを知らない恥知らずな バカ だとして一般に バカップル などと揶揄され批判の対象です。
もちろん日本においても古くから唇を相手の唇や身体に重ねるという行為自体は存在していました。 しかし公に語られることも極めて稀であり、平安時代の文学などでもキスを直接的に描写した表現はほとんど見られません。 キスを含めた性行為は襖や御簾の向こう側の秘め事として省略され、匂わせ たり仄めかす程度です。 室町時代から江戸時代にかけては、庶民向けの世俗的な作品で扱われるようになり、「口吸い」(くちすい) あるいは甘吸いなどと呼ばれるようになります。 視覚的にも浮世絵や春画の題材として描かれるようになります。 しかしこれらもあくまで秘め事であり、そこに愛情はあるとしても、肉体的な行為や関係の一部として認識されていました。
その後は江戸時代末期から明治にかけて西洋文化や風俗の輸入、文明開化の掛け声の元、その意識が大きく変化します。 西洋の文学や文化が流入したことで訳語として 「接吻」 が生まれ、ロマン ある愛情表現、肉体的な性的行為とは切り離された精神的な好意としての意識も広がるようになります。 現代に続くもっとも大きな転換点となったのは、第二次世界大戦後になってからでしょう。 欧米、とくにアメリカの文化や映画などが豊かで明るく前向きなものとして受け取られます。
当初は雑誌などのアメリカ文化紹介記事などでキス文化が触れられていましたが、1946年5月23日に公開されヒットした松竹映画 「はたちの青春」(佐々木康監督) は、それに拍車をかけた存在としてしばしば語られます。 日本初のキスシーンで有名な作品であり、当時スクリーンに大写しとなった主人公 桑原章子役で 主演 の幾野道子さんのキスはセンセーショナルな話題となり、大いに観客を動揺させたとされています。 これは戦争や抑圧の時代を経て日本の古くさい道徳や貞操観念に対する若者の反発や反逆といった意味もあり、キスが恋人の証のシンボルとして用いられ憧れの対象となる出来事でした。 それ以前の映画では、映像として現れる男女の愛情表現は基本的に抱擁 (ハグ) 程度でしたから。
なお日本では 結婚 はずっとお見合いが主流であり、個人間の繋がりというよりは家と家との繋がりの意味が強いものでした。 恋愛結婚などは少なく、戦前 は一割強程度でずっと推移しています。 それが逆転したのは1960年代に入ってからです。 恋愛観や結婚観が変わる中、日本におけるキスにも欧米的な価値観と、それまでの日本のあれこれとが融合した独特な価値観が生じる事ともなっています。 それでもさすがにキスを人前でする習慣は根付いていませんが、ハグなどはかなりポピュラーな存在となってきています。





