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寅さん現象

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生まれも育ちも葛飾柴又です 「寅さん現象」

 「寅さん現象」とは、映画「男はつらいよ」 シリーズにまつわる 「あるある」 を通じて定義される、様々な事象への 「まるで寅さんみたいだ」 という意味や ニュアンス の比喩やカテゴライズのことです。 この 概念 というかくくり方がされる理由として、同シリーズが同じ 出演者、とくに 主人公 フーテンの寅さんこと車寅次郎を一人の俳優がずっと演じていたこと、そして第一作である連続テレビドラマ版 (1968年) と映画版 (1969年) から1995年までの27年間 (映画版は26年間/ 48作) に及ぶ長い歴史よる抜群の知名度があります (その後再構成されたものを含め映画版は50作)。

 一人の俳優が演じた最も長い映画シリーズとしてギネス世界記録にも認定されており (1983年/ 30作品時点)、没後に渥美さんは国民栄誉賞も受賞 (1996年)。 昭和 を代表する国民的存在として日本人ならおおむね誰でも知っているため、あらゆる世代で様々な状況の比喩に用いるのに最適な部分があります。 なお原作とほぼ全ての作品の監督は山田洋次さんです。

 寅さん現象と呼ばれるものでも代表的なのは、以下の3つあたりでしょうか。

寅さん現象(1) 役者と役のイメージが完全に一体化してしまう状況

 「男はつらいよ」 シリーズは、第一作のテレビドラマ版から一貫して渥美清さんが 主演 しています。 他の 共演者 や監督などはごく一部とはいえ異なることもある一方、寅さんはずっと渥美清さんなんですね。 渥美さん自身はそれ以前にも様々な作品に 出演 し人気俳優として活躍していましたが、寅さんシリーズが始まるとその状況も一変。 毎年原則2回公開される作品を通じて、「寅さん=渥美清」 という揺るぎないイメージを固定することになります。

 役者が当たり役となった役と同一視されるケースはままあることとはいえ、これほどの一体感を持つ存在は国内に他に例がなく、「特定の役者=特定の役柄」 という状況を説明するのにしばしば 「寅さん現象」 が使われるようになっています。

 類似の 「特定の役者=特定の役柄」 は、刷り込み効果の高い子供の頃に慣れ親しんだ作品、とくに ヒーローもの の特撮などではよく聞く話です。 若手俳優がウルトラマンや仮面ライダーの主人公を演じると、それを見て育った世代の人たちからはいつまでもずっとウルトラマンや仮面ライダーとして扱われる訳ですね。 古いところでは、豊臣秀吉がまだ木下藤吉郎だった頃 で始まる特撮テレビシリーズ 「仮面の忍者 赤影」(1967年) の主人公、赤影役の坂口祐三郎さんが、作品のあまりのヒットによりその影響から逃れられずにその後苦労したみたいな逸話があります。

 他にも海外作品の場合で、刑事コロンボ=ピーター・フォークさんとか、ハリー・ポッター=ダニエル・ラドクリフさんなど、他にも例があります。 スター・ウォーズのルーク・スカイウォーカー=マーク・ハミルさん、レイア姫=キャリー・フィッシャーさんなどもよく話題になります。 ただしハン・ソロの場合、演じたハリソン・フォードさんの代表作が他にいくつもあり、必ずしも 演者 とひとつの役が一体化した印象を持たれているわけではないでしょう。 作品が長く続き長く愛されるか、当たり役が常識外れの当たり役だった (逆に云えばそれ以外の役はそれほどでもなかった) 場合のみ、こうした図式が成り立つと云うことなのでしょう。

 国内ではこのほか、長年に渡って放映されたテレビドラマ 「北の国から」 シリーズの黒板純=吉岡秀隆さん (寅さんの甥の諏訪満男役でも)、黒板(笠松) 螢=中嶋朋子さんなども、役者と役が一体化した存在だとしばしば話題となります。 人物像として寅さんに似た風来坊として、ドラマ 「裸の大将放浪記」 の山下清さんとそれを演じた芦屋雁之助さんもいます。 ただしこちらは役柄の山下清が実在人物で一体化というか本人が存在する上、芦屋雁之助さん没後は塚地武雅さんが演じるようになり、世代によって状況は多少異なります。

 また実写ではなく 顔出し もありませんが、長寿の アニメ でその役を演じた声優さんでも類似の現象はしばしば見られます。 例えばサザエさん=加藤みどりさんとか、ドラえもん=大山のぶ代さん、ルパン三世=山田康雄さん、ちびまる子ちゃん=TARAKOさんなどです。 ただしアニメは人気があると実写以上に長く続きますし、リメイクなどもされるため、当たり役であっても声優さんの年齢的に交代が余儀なくされ、時代を下るごとに必ずしも一致しない場合もあります。 上記の例では2024年現在、サザエさん (1969年〜) 以外は演じる声優が全て代替わりしています。

 加えて多くの人気声優さんは代表作が多すぎて、ひとつの役にイメージが固定されにくいという部分もあります。 例えば正真正銘のレジェンドと云える野沢雅子さんなどは国民的アニメみたいな巨大な作品、オバケ作品の主演を長年に渡りいくつも演じ続けているため、どれが当たり役で何が代表作か分からない部分もあります (一般的にはドラゴンボールの孫悟空ほかなのでしょうけれど)。 また主演でなくとも巨大な作品で長年その役を演じ続けることで、脇役 であっても抜群の知名度と一体感を持つことがあります。 ドラえもんのしずかちゃんやスネ夫、ジャイアンや、ルパン三世の次元大介や石川五右衛門、銭形警部や峰不二子と、それを演じた声優さんの関係ですね。

寅さん現象(2) 現代劇なのに時代の変化によって時代劇化してしまう状況

 寅さん世界では、時間の進み方はゆっくりです。 とはいえ登場人物は年をとりますし、とくに大人と異なり子供として登場した甥の諏訪満男は成長し、やがて大人になります (後半は実質的な主人公といっても良い)。 作中時間が変化せず季節は巡っても年は変化しないずっと続く状態を俗に 「サザエさん時空」 と呼びますが、寅さん映画は出演者も年を取りますし、時と共に変化する街中でのロケもあります。 マドンナと呼ばれる ヒロイン や若者なども今風のファッションで登場し、ちゃんと年月も経過します。

 しかし一方で、物語の核心部分でもある義理人情や濃密な人々の関わり方、とりわけ寅さんの風貌やファッションなどは、第一作目とさほど変化がありません。 寅さん企画は最初から 「人情のある古き佳き日本への憧憬」 が テーマ でしたし、初期作はともかく作品数を重ねるごとに現実世界の変化とのズレはますます大きくなり、やがては時代劇のような 「現在の日本にはない昔の日本」 が、スクリーンに映し出されることとなります。 このような、同じ日本で時間も変化しているけれど、細かい要素のひとつひとつに古い時代が残っている半時代劇のような状態も、寅さん現象と呼ぶことがあります。

 ちなみに作品の 設定 が時代の変化によって使えなくなること、例えば携帯電話がある時代に、それがない時代のあれこれ (待ち合わせですれ違いとか) が描けなくなったり、逆に古い時代のそれに違和感を覚える状態は 設定の無効化 と呼びます。 現代を舞台とした作品が数十年といったスパンで続くと、初期と後期とで社会情勢や 環境 が変化しておかしなことになることもあります。 一方で、自分たちが生きている時代と切り離されることで、フィクションをフィクションとして受け取りやすくなったり、逆に知らないよその時代だからこそ、そこに想像力が発揮されたり知っている時代に感じるフィクションの違和感が緩和され、よりリアルを感じることもあります。

 寅さんの場合、どちらかに吹っ切れているわけではなく微妙なラインを攻める作品なので、このあたりの調整はとても難しかっただろうなという気がします。 一方で時代に無理に合わせようとしていないので、時代が変わっても生き延びる強かさがあります。 とはいえ長年寅さんを見ているファンには違和感がなくとも、バブル景気前後の時代にいきなり寅さん映画を見た若者は、この独特すぎる時空間 (ある種のハイパースペース、都合の良い時空) に戸惑うと云うか違和感を覚えるケースは多かったようです。

寅さん現象(3) 何らかの困難や障害的傾向を持つ人物が輝く状況

 寅さんは一般的な価値観や常識で見たら、かなり問題や癖のある人物です。 勉強もできませんし家業の団子屋を継ぐことも会社勤めもできず、何かに取り組んでもいつも ドジ ばかり。 家族や身内とどうでも良い些細な理由でケンカしては家を飛び出し、旅から旅への根無し草のような行き当たりばったりの生活を送っています。 また 年の離れた マドンナに恋心を持っては振られたり身を引いたりで失恋し続け、とても立派な大人とは思えません。 さらに服装も羽織ったダブルスーツにダボシャツ・腹巻、ソフトハット (中折れ帽) に首から下げたお守りと、テキ屋らしいひと昔前のヤクザがしてそうなラフな姿で、いかにも一般社会の から外れた存在、少々 強い言葉 で云えば完全な社会不適合者 (社不) です。

 こうした人物が現実に身近や身内にいたら大変な苦労があると思いますが、映画などの創作物においては、しばしば 「常識に囚われない」「信念があり流されない芯の強さ」「自分なりの正義感や美意識、矜持があり義理人情に篤い」 といった ポジティブ な存在として描かれます。 これは不良・ヤンキーやヤクザ (任侠)、突飛な言動をするひと昔前の ギャル といったはみ出し者や変わり者、あるいは純真無垢な子供などに対する表現でも同様の傾向があります。 作品によってはそれが宇宙人や妖怪、幽霊、ロボットといった 人外 の場合もあります。

 当たり前の話ですが、常識の中にいる人は、その常識の中、既存の価値観の範囲内でものごとを考えがちでしょうし、そこから外れる生き方をすることも難しいでしょう。 やりたいことができなかったり、本当はやりたくないこと、やってはいけないと思ってることも、そうした常識や価値観、あるいはしがらみに流されて受入れてしまうかも知れません。 創作物ではあえてそれら常識や価値観から外れた人を登場させ、誰も云えない本音や核心部分を鋭く突かせたり、突拍子もない論理の飛躍で新しい発想を提示したり、時代や社会に反したとしても人としての当たり前に反する行為や偽善に明確な拒絶を突き付けたりします。

 創作物でこうした役割を担う人物や キャラ は、ある種の狂言回しや道化師、トリスタ (トリックスター)、あるいは毒消しや コメディリリーフムードメーカーアホの子 としておなじみのものです。 なかでも寅さんの言動は、現代人の多くが少なからず抱えている不器用さゆえの社会での生き辛さや何らかの精神的な特性に基づく コミュニケーション障害 などを連想させ、我が事のように 感情移入 したり、それでも愚直に突き進む姿に勇気や癒しを与える存在でもあるのでしょう。 ある意味で江戸っ子風の 「妖精」 といっても良いかもしれません。

 子供や若者が寅さん映画を見ると、「自分勝手でわがままで、人に迷惑ばかりかけるこの おっさん が何で人気あるんだ」「周囲の人間も何でこんなに好意的なんだ」 と頭をかしげるケースも多いようです。 これは同じ下町人情ものとしての性格を持つアニメ 「こちら葛飾区亀有公園前派出所」 の両津勘吉も同様でしょう。 自分勝手で破天荒で周囲に迷惑をかけまくりなのになぜか憎めず人気者という存在です。

 しかし年を取り人生の酸いも甘いも噛み分ける年代になると、寅さんや周囲の人々の心根の温かさにほっとしたり泣けてくるという人は少なくありません。 たしかに迷惑だけれどそれはお互い様でもあって、人を許したり許されたりの優しさやある種のゆるさやいい加減さ、それに対するノスタルジックな懐かしさは、落語の長屋噺や下町の人情話と同様、時代を超えて ほっこり と人の心を打つものでもあるのでしょう。 また何もかも放り投げてふっと気ままな旅に出るなどは、大学生あたりならまだ許されても一般の社会人に許されることはまずなく、現代人の多くが願っても叶わない ファンタジー になっている部分もあります。

親戚に一人くらいは謎のおっさんがいるよね…

 子供の頃に親の実家などに帰省したら、何をしているかさっぱりわからない謎の、でも面白く楽しい親戚のおっさんと遭遇したという経験は多くの人がしているようです。 この愉快な 「謎の親戚のおっさん」 との遭遇体験を寅さん現象と呼ぶことはないのですが、無意識に寅さんや妖精にイメージを重ねてしまうといった意見はちょくちょく聞かれます。

 筆者 も小学生低学年時代に母方の実家に帰省の折、そのような謎の親戚のおっさんと遭遇してめちゃくちゃ記憶に残っています ( の描き方を教わりました)。 その後母親が他界しあれこれの連絡で何十年ぶりに電話で話をしたら、その後アメリカに渡っていくつかのレストランを経営し成功させた上で 引退 し、後は 絵描き などをして悠々自適の趣味生活という 普通 にすごい人でした

 まぁ仮にダメ人間でどこかで野垂れ死にしていたとしても、それで子供の頃に抱いた憧れの感情が変わることはなかったと思いますが、何となく惹かれていた謎のおっさんが憧れるに足る存在だと再認識できたのはちょっと嬉しかったです。 また自分も誰かにとってそういう存在になりたいと強く感じさせてもくれました。

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(同人用語の基礎知識/ うっ!/ 2006年8月9日)
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