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謝ったら死ぬ病

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「ごめんなさい」 ができればそれで済むのに…「謝ったら死ぬ病」

謝れないのって本人が一番辛いよね (寐津菟かき子)
謝れないのって本人が一番辛いよね (寐津菟かき子

 「謝ったら死ぬ病」 とは、何があっても自分の非を認めず、謝罪もしないこと、そういった振舞いをする組織・人物のことです。

 たった一言の 「ごめん間違えた」 で済むような些細な間違い、あるいは誰がどう見ても明々白々な誤りや過ちを犯したにもかかわらずそれを認めず、また他人から指摘されても無視したり 詭弁 を弄してあれこれ言い逃れしようとしたり、開き直り・逆切れして見苦しい反論を繰り返し逃げ回ります。 その結果、無用な 炎上 を招く場合もあります。

 どれほど言い逃れに無理がある状況になっても、あるいは 「謝った方が有利になる」「むしろ評価が上がる」「そうでなければ状況は悪化する一方」 のような状況になっても、自分の非を一切認めず謝罪できない姿が、「まるで謝ったら死ぬからそれを恐れているかのよう」 に見えることから、主に ネット の世界、掲示板SNS などで広く使われる ネットスラング のようになっています。

 「謝ったら死ぬ病」という初見で誰でも意味が分かるキャッチーなネーミングであること、誰でも身近にそういう人がいて苦労した経験があったりで実感できる 概念 でもあるため、炎上騒ぎなどを発端に 2013年〜2014年頃を一つのピークとして、急速にネットの世界で広まることとなりました。 またそれに伴い、「謝っても許さない病」「謝る人を殺す病」「謝ったから許せよ病」 などの派生語も 2ちゃんねるTwitter などを中心に作られています。

 完璧な人間や全知全能の人間などいないのですから、誰でも人生で何度もの失敗や間違いを繰り返します。 その失敗や間違いを他人から指摘された時に、それを受け入れて謝罪し反省できるかどうかは、その人やその人の言うことが信頼に足るものかどうかを見極めるとても分かりやすい目印でしょう。 とくにそれが、社会を良くしよう、正義を実現しようとの主張をしている人なのであれば、自らの過ちを認められない時点で日ごろの主張がただのお題目であり、目的は別にあると見なす他はないでしょう。 そのような人の意見など、なんら傾聴に値しないというのは一つの真理でもあります。

他人には謝罪を求めるくせに、自分は謝罪しない組織や人たち

 言葉自体の初出や 元ネタ は不明です (似たような言い回しは昔からあります)。 しかし比較的最近になり、ネットで話題となり広まったきっかけとしては、企業や有名人の不祥事、とくにマスコミや政治・行政関連の団体や人物の不祥事・問題発言がらみの炎上騒動が要因の一つとしてありました。

 誤った報道や発表・発言をしてそれを指摘されても 「真意が伝わらず」「誤解を招く表現だった」 などと 「それは間違いではなく誤解だ」(誤解した方にも責任がある) と云わんばかりで間違いを認めない姿勢。 また間違いや不祥事について一見謝罪しているようでも、よく見ると実は 「世間を騒がせた」「心配させた」「不快な思いをさせた」 ことに対する謝罪であって、発端となった自らの非を認めて反省するものではなかったり。

 さらに 「妻に叱られた」「子供に怒られた」 など 「〇〇に叱られた」 といった負け惜しみのような前置きをして取り繕ってみたり、そうした意見を公開する時にテキスト (文字) ではなく 画像謝罪 で行ってみたり。 こうした往生際の悪い振舞いに 「謝ったら死ぬのか?」 と揶揄されるケースが多く発生していました。

 とくにマスコミ関係や政治関係の組織や人物などは、もともとネットの世界では叩かれがちな存在である上に、日頃の報道や国会の質疑、コメント などで不祥事を起こした団体や人物に謝罪を求めるような姿勢を取りがちなこと、上から目線で正義を振りかざし他人の非をあげつらっているように見えることなどから、「自分はどうなんだよ」「おまゆう」「ブーメラン だ」 との批判を招きやすい対象だったと云えるでしょう。

 同じような理由で、大企業や警察関係、しばしば炎上騒ぎを起こす市民団体や人権団体、女性問題の著名人なども、よくやり玉にあがります。 これらがネットで好奇の目で見られたり、場合によっては激しいバッシング対象になりがちなのは、単に謝ったら死ぬ病が悪化していく様を野次馬として見て面白がるという部分もありますが、実際はもうちょっと複雑で深刻です。

 大手メディアや大企業、市民団体や人権団体は極めて大きな発言力を持ち、彼らのターゲットにされた人や企業、業界などは、非常に大きなイメージダウンや打撃を被ることになります。 それほどの力を持つ相手が、自分が悪いのにひたすら 他責他罰 に走り自らの非を認めることも謝ったり訂正することもしない、できないのは、とてつもない恐怖です。 いつ彼らの矛先が自分たちに向くか分からないのなら、叩ける時に叩いて影響力を削ぎたい、あるいはすでに矛先を向けられていていつぞやの恨みを晴らしたいと思ったとしても、それはそれで感情として仕方がない部分はあります。

なぜそこまで 「謝ること」 を恐れるのか…

 例えばある分野の専門家がその分野で誤った情報発信をして、「それは間違いです」 と第三者に公開の場で指摘されたら、ちょっと恥ずかしい状況でしょう。 「そんなことも知らずに専門家をやっていたのか」 と周りの人に思われるのはとても苦痛ですし、誰だって自分の非や失敗を認めるのは勇気が必要で、少なくとも愉快なことではないでしょう。 またデマやフェイクニュースにまんまと騙されてしまった場合も、自分の愚かさが暴露されているようで、認めるのは辛いでしょう。 こうしたケースでは、容易に 「謝ったら死ぬ病」 に陥りがちだと云えます。

 また場合によっては指摘されても 「何が誤りや過ちか、その時点では本人がわかっていない」 場合もあります。 例えば他人の差別を声高に批判しながら、自分も別方向への差別を無自覚に行っているようなケースです。 その場合は当然自分に非があるとは思っていないので謝罪などしないわけですが、指摘に対し見当違いの反論をした後に他者から説明されて途中から間違いに気づき、「いまさら後に引けない」 状況となって 「謝ったら死ぬ病」 を発症し、大勢から フルボッコ 状態となってもその立場を死守する場合もあります。

 そもそもこの病を発症する人の多くが、自分の お気持ち 最優先で極めて攻撃的かつ他罰的な性格や物言いをしがちな人だったりします。 本人が他人の過ちや失敗を許すつもりがなく、むしろ追い詰めて攻撃しまくる残忍な性格なら、自分だって許されるはずがないと考えるのは自然なことでしょう。 その意味では、愚かな自分自身の分身と倒れるまで殴り合っているようなものです。

 単に先の見通しができない 残念 な人の場合もあります。 「もう言い逃れは無理」「逃げ切れる可能性ゼロ」 だと状況を理解し先の展開が予想できれば、抵抗しても無駄だとわかるはずです。 それが早ければ早いほど傷は浅く済みますし、その能力こそが人の知性というものでしょう。 しばしば高学歴な人が敗戦予測できずに救いのない最終決戦までずるずるといってしまうのは、単に受験テクニックで高学歴を得ただけの知的能力に問題がある人か、あるいは自分の知性に自信があり過ぎて慢心し、舐めプ で足元をすくわれるかのどちらかでもあるのでしょう。 謝ってしまったら自分の誤りが確定してしまうけれど、謝らなければグレーのままうやむやにできるかもとの打算も見え隠れします。

 一方、ビジネスの世界や民事的な金銭 トラブル の話し合いの場合には、謝ったり非を認めるような言質を安易に与えるべきでないケースももちろんあります。 悪質なクレーマーの苦情などが代表的ですが、一度謝ると謝ったという事実が新しい出発点となってさらに理不尽な要求が発生し、場合によっては金銭的な ダメージ や、自分以外の関係者に迷惑を及ぼすこともあるからです。

 謝罪によって 「謝り方が悪い」「誠意が感じられない」 など、かえって新たな火種が生じることすらもあります。 組織内において立場的に下の者が、上の者から 「謝罪や釈明」 を禁じられて身動きが取れない場合だってあるでしょう。

間違ったり悪いことしたら、ごめんなさいしないといけないよね (´・ω・`)

 謝罪をするというのは 「自分が悪かった」 ことを認め、さらにそれによって迷惑や不利益を被った人などに赦しを請うことです。 筆者 の見る限り、「謝ったら死ぬ病」 の組織や人は、「自分が悪かった」 までは、公表するかしないかはともかく、わりと認めやすいのかなと思っています。 ただその先の 「迷惑や不利益を被った人などに赦しを請うこと」 に対しては、かなりの拒否反応があるように思えます。 赦しを請うためには何らかの責任を果たさなければなりません。 責任回避のためには謝るべきでないとの考えも当人にはあるのでしょう。

 また個人の論争や ネットバトル、些細な不適切表現を巡るあれこれについては、被害を被った人の存在や範囲があいまいで、結果的に自分と自分の賛同者以外の全てに対して (単なる野次馬も含め) 全方位謝罪と赦しを請うことも意味します。 妙にプライドが高い人にとっては 「メンツをつぶされた」「相手の下になる」「負けた」 ように感じ、それが嫌だから自分の非すらも認められなくなっていることもあるでしょう。 勝ち負けの論争 や マウント合戦 をしていて 「謝ったら負け」 と思っているのですから、謝るわけにはいかないのです。

 さらに深刻なケースでは、自分の非を認めず謝罪しないばかりか、「言いがかりをつけられた被害者」 を装い、正論で指摘や批判をしてきた側に無茶な反撃を執拗に繰り返す場合もあります。 また性格やある種の心の問題で、「非があるのはわかるし責任を取る気持ちもあるけれど、指摘の仕方が気に入らない、どうしても納得できないから謝れない」 といった人もいます。

 こうなってくると自縄自縛で本人も辛いだろうし、外で見ていても気の毒な感じがしますが、本人が招いたことなので周りも助けようがないのは切ないところです。 何しろ助けようと善意の誰かがフォローやアドバイスをしても、自分の意見を全肯定しない限り自分に対する攻撃だと思って過剰に反応し、どんどん敵側に追いやってしまうのですから。 結果的に自分以外は全部敵となり、最終的には全方位への 土下座 でしか収拾できなくなります。 こうなると、ますます謝るわけにはいきません。

「謝ることで悪くなるケース」 や、「どうせ謝っても許されないなら、謝りません」 状況も

 個人間の言い争いにおける謝罪などは単なるコミュニケーション手段の一つでもあって、必ずしも何らかの責任が生じたり勝ち負けの話になるわけではありません。 それが分かっていても素直になれないのが、しばしば感情に支配される人間というものなのでしょう。 また意見が鋭く対立した相手や遺恨が積み重なった相手であれば、どうせ謝っても許されず、むしろ次の攻撃の ネタ にされ事態を悪化させることもありますし、そのようなケースなら謝っても無駄だとの蓋然性や合理性を元にした判断だってあるでしょう。

 筆者などは謝るのがあまり苦にならないというか、簡単に謝りすぎて相手から反省や誠意を疑われる レベル なんですが、それでもなりゆきやしがらみ上、どうにも折れるわけにはいかないことだってありますし、意固地になって墓穴を掘った経験だって数えきれないくらいあります。 政治家や企業などの実害を伴う問題行動ならともかく、個人の口がすべった・一言多かったレベルの舌禍や不祥事で 「謝ったら死ぬ病」 に罹患・発症した人を見かけても、あまり追い詰めない方がいいよな…明日は我が身だしとか思ったりもします。

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(同人用語の基礎知識/ うっ!/ 2015年3月2日)
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