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老害

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俺が若い頃は…今どきの若い奴ときたら… 「老害」

 「老害」(ろうがい) とは、年齢を重ね、老いてしまったことで生じると思われる様々な疎ましい言動や、それらを繰り返す人物の 害悪 を指す言葉です。 とくに若者の言動や思考・知識との対比として語られることが多く、同じような言葉に老いぼれ、ロートル、老兵、旧式などもあります。

 一般的な日本語表現であり ネットスラング ではありませんが、とくに ネット ではよく使われる言葉でもあります。 派生語として老害を感じさせる不愉快な言動を老害ムーブ、その傾向があると云った ニュアンス の言葉に加齢臭 (おっさん・おばさんくさいとの意味もあり) や年寄り臭いなどがあります。 また平成から令和にかけて使われる場合、語られる内容の古臭さから 昭和臭 みたいな言い方をすることもあります。

 主な言葉のイメージとしては、何かにつけて頑固になる、知識や価値観が古いのにその古さを他人に押し付ける、怒りっぽい、僻みっぽい、自分の非を認めたり謝ることができない (重篤な 謝ったら死ぬ病)、若者や年下に対して上から目線で偉そうに振舞う、古参ベテラン のアピール、自分語り の多さ、それも前時代的な価値観に基づく武勇伝の疎ましさ、同じ話を何度もするなどでしょうか。 いずれも他人に不快感や不利益を与えるようなものばかりで、ネットでは 叩き の対象となることがもっぱらでしょう。

 こうした言動の原因としては、年を取って頭が固くなった、感情を司る前頭葉が加齢によって委縮してコントロールが効かなくなった、ネガティブ になりがち、身体や容姿の衰えを認めたくなくて虚勢を張りがちになるなどがあります。 どう頑張っても生物である以上老化は避けられませんし、これらが原因だとする考えは、ある程度は正しい見立てなのでしょう。 更年期障害とか老人性○○といった、加齢を直接的な原因とする医学的にある程度実証された心身の障害だってあります。

 ただし脳は他の内臓や身体部位と異なり新陳代謝による脳細胞の再生がないか、あるとする仮説でも極めて少なく、一方で耐久性や寿命も極めて長いとされ、70年や80年程度ではそれほど劣化しないともされています。 とはいえ脳疾患の可能性は時が経つにつれ上昇するでしょうし、血管だのホルモンだの何だの、脳に影響を与えうる脳以外の部分が加齢により劣化すると、その影響は避けられないとは考えられているようです。

不快さの原因を相手の性格ではなく年齢に求めるのはなぜか

 一般に老害とされる言動は様々ありますが、それぞれは必ずしも加齢や老人特有のものだという訳ではありません。 知識や常識が生まれ育った時代に依存しがちだったり、身体が衰えてしまうのは仕方がないとは言え、それ以外は個人の性格や 環境 による影響が大きいものばかりでしょう。 若くして頑固で傍若無人、わがまま放題の人はいますし、老人でも腰が低く新しい知識や技術に貪欲な人もいます。 同世代の若者でも価値観がまるで異なる人だってたくさんいます。

 ではなぜ年齢ばかりに原因が求められるのかと云えば、自分が若く相手も同じくらいの年齢の場合は不快な言動の原因を年齢以外に求めるけれど、相手が年上なら自分との違いが明白な年齢に原因を求めるようになるだけの話なのでしょう。 こうした藪にらみの原因探しとその結果としてのレッテル貼りは、異性とか外国人とか、自分とは明らかに 属性 が異なる相手にしばしば抱く違和感や差別的感情によって生じるものと同じだと云えます。 単に自分の不快さの理由を自分とは異なる属性に求める訳ですね。 不快な相手のことをいちいち細かく分析などしてられないし、「しょせん自分とは違うやつらだから」 との切断処理によって、心の平穏も保てるでしょう。

 また日本ではまだまだ年功序列といった考え方が根強い部分がありますから、若者に比べると老人は権力を持ち発言力や影響力も強く、同じ言動をしてもそれらを持たない若者よりも目につきやすく、また無視もしずらいからといった部分もあるでしょう。 当然ながらこうした人達の意見は上から目線になりがちです。

 少子高齢化から高齢化、そして高齢社会がやってきて3人に1人が高齢者となると、どうしても老人の姿が目立つようになります。 バブル崩壊から経済的停滞が続く中、生まれた時からずっと不景気みたいな人生を歩む若者が、恵まれた時代に恩恵を受け不景気を変えられずにいる偉そうな老人を煙たがるのはある意味当然とも云えます。

 しかし人間誰でもいつかは老人になるわけですし、他人からみたら単なる老害扱いの人間が、若者本人にとっては大切な親や祖父母の場合だってあるでしょう。 世代間対立を深めてもそれで何かが解決するわけでもないので、是々非々で対応したいものです。 若者から見て疎ましさを感じる老人は未来の自分の姿ですし、老人から見て頼りなく感じる若者は過去の自分の姿です。

老害扱いしている方こそ実は老害という地獄だって

 わりとよく語られるものに、「老いや老害は本人はなかなか気づかないもの」 がありますが、これはいささか疑問です。 老化は徐々にくるものですから本人がそれを意識しないでいることもあるのでしょうが、大きく健康を害すると云った老化を意識せざるを得ないタイミングが訪れなかったとしても、若い頃に出来ていたことができない状況は日々の生活において繰り返し何度も頻繁に訪れます。 それを 「寝不足のせいかも」「最近太ったからかな」「周囲の人間のサポートがないせいだ」 などとごまかして、老化が見えないふりをしているだけの話でしょう。 勇気を持って実行すべき難しい問題は人生に何度もありますが、老化を認める云うのはとても大きな勇気が必要なことのひとつです。

 ちなみに 筆者 はまだまだ心だけは若いつもりではいるのですが、そもそも実際は若くないのに 「若いつもりでいる」 という年齢を受け入れられない意識そのものも老害の一つの特徴でもあるので、判断は微妙なところです。

 年齢的には若い世代から見て老害扱いされても仕方ない年代になっていますし、自分より上の世代を 「年取ってる」 と思う一方、下の世代を 「まだ若くて未熟だ」 と感じるところもあって、ありのままの自分を受け入れる勇気のあるなしを含め、「これが老害への道か」「若い頃に嫌ってた大人の姿へ自分もいい感じに仕上がってきたな」 と痛感するところではあります。 とはいえ現実逃避のために他人面して老害叩きをしつつ若い世代を全面的に肯定して、物わかりの良い若者の味方・若い感性の持ち主だなどと虚勢を張るのも 痛々しくて 気が引ける部分があります。

 若者から見てパワハラもどきの理不尽な障害物のような存在にはなりたくありませんが、自分が若い頃に出会った何人かの佳き老人や大人のような、若者が超えるべき試練としての壁を演じてくれて成長させてくれた先輩の役割を、自分だって下の世代への責任として煙たがられてもしっかり担いたい気もします。 お金がなくて自分では行けないような場所に連れ出してくれて、未知で新しい世界の扉を開いてくれた大人や先輩のようにも。

 2000年代ともなると、終身雇用制もなくご近所づきあいも減り個人主義だって広まって、何らかの専門家ならともかく、一般の老人にちょっとしたトラブルを仲裁したり年の功の知恵を発揮する 「ご意見番」 のような役割の必要性は、都市部ではほぼなくなっていると云って良いでしょう。 上司や年寄りが部下や若者を飲み会に誘うのだって、細心の注意や配慮が必要な時代にもなりました。

 わざわざ若者のいる場に顔を突っ込んであれこれと説教をするようにはなりたくありませんが、頭と体が動くうちは、誰かに頼られたら損得勘定なしで一肌脱ぐくらいの心意気を持ってつましく目立たず受け身で暮らしていけたらなとは思ってます。 まぁ心にそう思っていてもそれが実行できないから老害が生じるのでしょうけれど。

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(同人用語の基礎知識/ うっ!/ 2006年7月11日/ 項目を分離しました)
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