同人用語の基礎知識

無能

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役立たずだったり根性なしだったり 「無能」

 「無能」 とは、能力やこれと云った才能・特技がないこと、あるいは能力があってもそれを活かす方法や方法を探す力、やる気がなく、無為に時間を使う役に立たない人を指す言葉です。 根性 がない、臆病者や ヘタレシャバい、足手まといといった意味になることもあります。 似た言葉に 低能 や非才、対義語は 有能、関連する 概念 には 異能多能 があります。

 日常生活において使われることも多い言葉ですが、ネット掲示板ゲームチャット などでもよく使われます。 その場合、単にバカだアホだといった知能に関するものばかりではなく、空気が読めない、手際が悪く足手まといになる、運が悪いといった ニュアンス も持っており、「しっかりしろ」「何をやってるんだ」 といった罵倒として使われることも多いでしょう。 これは有能 (あるいは 天才 なども) が、しばしば 「よくやった」「ありがとう」 の意味で使われるのと同じような感じです。

 また おたく やおたくが集う場の ネット民自虐的 な人が多いこともあり、自称して使われることも多いでしょう。 「俺はどうせ無能だから」 という訳です。 この場合、単にバカだアホだと違い、前述した運の悪さ (本人のせいではない) とか要領の悪さ (≒ 努力次第で改善するかも) といういくばくかの救いがある点で、使いやすさがある部分はあります。

 とはいえ日常で使われる言葉の中ではかなりきつめの罵倒表現であり、他人からそう呼ばれたら落ち込むことは必至でしょう。 だから先に自己申告するというのも分かるような気がしますが…。 また無能は自分の無能に気づきませんから、気づいている時点で無能ではないとの話もあります。 それはそれとして無能ですいません(><。)。

 自分以外の第三者が無能かどうかを判断するのはとても難しいでしょう。 もちろん見るからに無能っぽい、何をやっても失敗ばかりといった人もいないではありませんが、人は自分より高い能力をしばしば正当に評価できないものです。 無能なら他人の有能は見えませんし、社会人になってまで日常生活で周囲に無能ばかりがいると嘆く人は、しょせんそういう 環境 にいるしかない自分の無能を疑う方がよほど客観的な判断ができるものでしょう。 若い頃は イキって 周囲を無能扱いしがちですが、そういう人は逆に周囲からも無能扱いされているかも知れません。

身近な人物以外を無能判定できるかどうか

 自分や自分の周囲の人間以外の人物を、果たして無能判定することができるかという問題があります。 周囲の人間の判断も難しいなら、直接関わらない人物のそれを判定するのはいよいよ難しいでしょう。 そもそもこちらが相手の事を知っている時点で、現代もしくは歴史上の有名人や著名人であることを意味します。 例えば政治家とか経営者、スポーツ選手、軍人や学者などの場合、世に名前が知られている時点で一定の才能や有能さに基づく功績を残しているはずです。

 人はそのほとんどが世に知られることも歴史に名前を残すこともなく生まれて死んで消えるわけで、善悪や犯した大失態の是非はともかく、名が世に出る・歴史に残る時点で無能だと評価することはできないだろうという部分はあります。

 例外的なのは、世襲によって世に名が出るポジションに本人の能力無関係で就くことができ、そのポジションで大失敗を繰り返したような人物でしょうか。 親から引き継いだ帝国を一代で滅ぼした皇帝とか、代々続く由緒ある名家を断絶させた貴族や大名、軍閥の長、一族経営の名門企業を潰した御曹司、親の顔に泥を塗る著名人の子供などは、無能の烙印を押される資格があるとも云えます。 ただしそれは、そのようなポジションでなすべきことを遂行する能力がなかっただけで、私たちのような名もなき庶民として生きるのであれば、十分な能力や友人としての頼もしさ、愉快な性格を持つ好人物だったかも知れません。

 人の能力は時代や環境によっても評価が変わりますし、あくまで相対的なものなので、判断は難しいものです。 例えば世に愚将と称される軍人は数多くいますが、戦う相手がそれよりさらに愚かならば 勝利 を得られますし、作戦指導では無能でも現場指揮官としては有能な場合もあります。 初陣から連戦連勝していても最後の戦いで愚かな判断によりあんまりにもあんまりな大敗北を喫すれば、晩節を汚したに留まらず全人格まとめて愚将と切って捨てられてしまうこともあります。 そもそも歴史は勝者によって書かれるので、負けた側がことさらに愚かで醜く描かれることもあるでしょう。

 ひと昔前までは、ものごとを単純化しすぎるというか、歴史上の人物を簡単に名君・暗君、名将・愚将に2分割するような な論が幅を利かせがちなものでした。 創作物では誇張がさがちですし、わかりやすいから広まるのだと思いますが、かつて暗愚だ凡庸だと批判された歴史上の人物が、その後の研究で再評価されるなどはよくある話です。 まぁそれでも万暦帝 (明の第14代皇帝) とか松倉勝家 (島原の乱を引き起こした大名)、近衛文麿 (日中戦争から太平洋戦争前夜までに3度に渡って総理大臣を務めた近衛家出身の政治家) あたりは、今後どのように研究が進んでもさすがに評価が完全に覆ることはなさそうですが。

 後世の人間が 「こいつのあの判断は間違いだった」「だから無能だ」 などと偉そうに語っても、それはその後の歴史を知っていて後知恵があるからこそです。 また同時代人への論評でも、部外者として安全な場所から俯瞰しているだけの人と、生きるか死ぬかの立場に立たされて刻一刻と変化する目の前の危機に直接対応している人とでは、心理的な条件だって全く違います。

 たしかに無能としか云えない有名人は数多くいますが、名前が世に出ることも残ることもなさそうな私たち一般庶民が有名人をあれこれと賢しらに論評してみても、暇つぶしの雑談で留飲を下げる程度の意味しかないのかな、とは思ったりもします。 まぁ歴史談義や政治談議をしているような人の多くはそんなこと百も承知でしょうし、ここで改めて言うようなことでもありませんけれど。

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(同人用語の基礎知識/ うっ!/ 2005年10月12日)
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