物語を動かし問題提起する名役者 「トリックスター」
「トリックスター」(trickster) とは、神話や伝承、物語 に登場する キャラクター の類型のひとつで、常識や権威を疑い伝統的なルールや秩序に縛られず、自分勝手な振る舞いやいたずらなどによってしばしば混乱や事件や トラブル を起こして 作品 に意外性のある動きや深みを与える存在のことです。 主人公 の場合もあれば重要な 脇役 や ライバル の場合もあります。 略してトリスタと呼ぶこともあります。
物語の中にあってどこか他のキャラとは異なる 「浮き方」 をしていて、奇抜な恰好や機転の利いたユーモアのある言動をし、一見無謀にも思える突拍子のない行動を起こして周囲を振り回したりします。 その活躍は魅力的で目を見張るものですが、最後には殺されたり破滅したり報いを受けがちな存在でもあります。 これは物語から教訓を引き出すために非常識・逆説的・反道徳的な奇行や言動をするため、最終的にその身を滅ぼすことで物語全体の秩序やバランスを取り戻す役目を担っているからです。 ただし逆にトリスタ以外がみんな滅んで、世の不条理を告発したり無常を嘆く描かれ方がされることもあります。
どのような描かれ方になるのかは作品や 世界観、他のキャラとの関係性次第ですが、やたらと行動力のあるとんでもない愚か者として描かれるか、逆に メタ的 に全てを見通す賢者として周囲から持ち上げられる存在として描かれるかのどちらかが多いかもしれません。 前者の パターン ならおどけてはしゃぐお調子者や乱暴者、狂気が宿っていて 寡黙 で思いつめるタイプ、後者なら陽気で口の達者な詐欺師やペテン師、大泥棒といったタイプが多いかもしれません。
ただし前者の愚か者、あるいは無知で無学な存在として描かれた人物も決して 無能 というわけではなく、時として常識に縛られた人々が見過ごしてしまう何気ないことや、つい見て見ぬふりをしがちな本質的な部分を鋭く看破したり、核心部分を突くような意見を堂々と口にします。 これによって社会に対して新しい視点を提供したり、矛盾や問題点を明らかにするなど、認識や価値観を問い直させることを目的とした役割を演じます。
似た言葉にピエロ (道化師) があります。 こちらも無邪気におどけて見せるけれど、その瞳の奥に冷徹な視線が宿っていて、ジョークや芸事の形で時の権力者や常識に凝り固まった人々に問題提起を鋭く突き付けるような役割を担うことがあります。 一方、狂言回しという言葉もあります。 こちらは本来は狂言の筋書きを分かりやすく説明する存在であり、トリックスター的な役割など持っていません。 とはいえ狂言という言葉や芸術の形そのもののイメージから、しばしばトリックスターの意味で使われることもあります。
マンガ や アニメ といった コンテンツ では、前述した詐欺師や泥棒の他、乞食 (ルンペン) や賤業・被差別者とされる立場の人、ヤクザや不良・ヤンキーなどの反社 (反社会的勢力) や社不 (社会不適合者) と見なされる人々、あるいは ギャル や子供、アホの子、ドジっ子 といった形で描かれることが多いでしょう。 妖怪などの 人外 の場合もあります。 建て前やキレイごとではない本音や現実の代弁者で、常識を疑って変革を促す象徴というわけです。 常識を疑い覆す存在なら、非常識に思えるような人物になるのは当然です。
場合によっては誠実さとずる賢さ、善と悪といった相反する矛盾した性格を持って作品の中だけでなく 読者 や 視聴者 を混乱させる、時には物語の テーマ や核心部分の謎解きやその重要なヒントを与える 「便利な何でも屋」 として扱われることもあります。 物語の 作者 の本音の代弁者、作者の分身みたいなこともあります。
魅力的な物語には魅力的なトリックスターがつきもの
神話や伝承・伝説では、日本神話に登場するスサノオがよく例に上がります。 古事記・日本書紀それぞれで描かれ方は異なりますが、粗暴な振る舞いで天照大御神が天の岩屋に隠れる原因になったり、オオゲツヒメを殺したり、ヤマタノオロチの退治などなど、複雑で多彩な性格と抜群の行動力によって様々な騒動を起こして古代日本をかき回し、物語に変化をもたらします。 同様に北欧神話では巨人族の血を引くロキ、ギリシア神話なら神々の伝令役であるヘルメスなどもトリックスターとして名前があげられる存在でしょう。
創作物ならシェイクスピアの喜劇 「夏の夜の夢」 に登場する妖精のひとりであるバック、18世紀に実在したプロイセン貴族の冒険談を元にした 「ほら男爵の冒険」 のミュンヒハウゼン男爵、「コンメディア・デッラルテ」(イタリアで生まれヨーロッパで流行した仮面をつけた即興演劇) に登場するフランス語で道化師を意味するアルルカン、三国志で劉備・関羽と義兄弟の誓いを結んだ末弟の張飛や 最強 の武将とされる呂布、日本の戦国時代なら傾奇者と呼ばれた武将、とくに前田慶次、あるいはマンガ・アニメで人気の 「ゲゲゲの鬼太郎」 に登場するねずみ男なども典型的なトリックスターと云えます。
現実の世界でも同様の役割を担う人たちがいます。 メディアで活躍する存在ならお笑い芸人 (とくに ボケ役) やオカマ・オナベ・おネエといった同性愛者や 異性装 をする人たち、不思議ちゃん、おバカ、外国人といった一般にマイノリティや弱者と呼ばれる人たちです。 常識や秩序から外れたり異質な存在だと思われがちで、時に多数派とされる人たちの侮蔑や差別の対象にされるような人たちですが、テレビなどではご意見番のような形でその任を担いがちです。
このような人たちが選ばれがちなのは、社会の矛盾などを鋭く突かれても、いざとなったら 「しょせんは変な奴らの戯言だ」 との切断処理がしやすいからでしょう。 その意味では現代の生贄にも近い扱いであり、とくに大手メディアが表向き口にできないような意見や言葉を彼らに代弁させているように見える構図には批判的意見もあります。 また政治や経済といった極めて専門性の高い分野にまで彼らが有識者の顔をして見当違いの素人意見を述べる姿に、違和感や嫌悪を覚える人もいます。
一方で社会のコンプライアンス意識の高まりとともに、破滅型の芸人といったこれまでトリスタを担ってきたキワドイ存在が忌避されがちな現実もあり、「つまらない世の中になった」「芸人に優等生的な品行方正を求めてどうする」 という意見もあります。





