作品の良し悪しを左右するもっとも重要なもののひとつ 「結末」
「結末」 とは、物事の最終的な終わりや揉め事がどう決着したかを指す言葉です。 物語 の場合は 「オチ」 であり、終わったことを示す言葉として 「終わり」「終」、英語で 「エンド」(end)、フランス語で 「フィン」(fin)、中国語で 「劇終」、演劇で 「終劇」「終幕」 と呼ぶこともあります。 結びや落着、最後、終局といった呼び方もあります。 似た言葉に 「顛末」 がありますが、こちらは結末部分のみではなく、始まりから終わりまでの一部始終・全事情を指して使います。 対義語は 「始まり」「最初」「発端」「冒頭」 などです。
マンガ や アニメ、ラノベ やドラマ、映画などの場合は、登場人物 (キャラクター) の大きな課題や悩み、あるいは戦いに決着がつき、残った謎や 伏線 も 回収 され、さらには作品としての テーマ や メッセージ もしっかり示されて、お話全体がすっきりと終わる最後の部分を指します。 物語によって明確な結末を持たない場合もありますが、一般的には作中の全てに明確な回答が示されて物語を終えるという形が多いでしょう。
またループものや 日常系 といった特別な形式以外では、物語の始まりと終わりとでおおむね状況変化を伴うものとなるのが一般的です。 主人公 の 夢 が叶う、成長する、事件が解決したり犯人が見つかる、敵が滅んだり戦乱が終わって 平和 が訪れる、恋愛が成就するなどですね。 読者 や 視聴者 らに満足感と、物語が終わったという安心感を与えるものと云えます。 物語の本体部分の結末で描き切れなかった部分は、エピローグ (終章)・後日談の形で登場人物たちのその後を軽く描いたり、物語全体をまとめる結びを加えることもあります。 ゲーム の場合も物語性のあるものについては同様に扱われますが、単に クリア とされることもあります。
物語に結末が訪れた後は、映像 作品 の場合は締めくくりの特別な演出が最後に行われることがあります。 これはエンディング (ED) と呼ばれ、出演者や制作に携わったスタッフの名前が文字で流れたり (スタッフロール)、特別な音楽 (ED曲) が流れたりします。 その際に前述したエピローグが描かれることも多いでしょう。
ハッピーエンド、バッドエンド、見終わった後の印象も大きく変わる
作中課題などへの決着のつけ方によって、様々な結末の パターン が存在します。 主人公の目的が達成されたり最終的に勝利して明るく終えるものはハッピーエンドと呼びます。 日本の昔話などでは、古語の 「めでたし」 を繰り返す 「めでたしめでたし」 がよく使われます。 物事が無事に良い状態で終わった、一件落着しておめでたいという意味です。 逆はアンハッピーエンドやバッドエンド、はっきり終わらせず、その後を見た人の想像に任せるものをオープンエンドと呼びます。
一方、登場人物や一方の視点からは一見ハッピーエンドっぽいけれど、別の視点からはそうでないような終わり方はメリーバッドエンド、切なくてほろ苦いものならビターエンド、ゲームで複数の結末がある場合に、作者 が想定する真の結末とされるものを トゥルーエンド と分類することもあります。 最後にどんでん返しがある予想外のものならどんでん返しオチとか一発逆転オチみたいに呼ぶこともあります。
また最後に主人公が眠りから目覚めるといった描写がされて、それまでの物語全てが登場人物の夢だった…とするものを 夢オチ、妄想 や白昼夢だったら 妄想オチ と呼びます。 これらはそれまでの物語を無効化するものでもあり、使い方によっては強い批判を浴びがちな 邪道 のような結末と云えるでしょう。 一方で悲惨な状況を最後に救済する、ある種の一発逆転でもあります。
この他、ひと昔前の ヒーロー ものや人の 一生 を描く 一代記 でありがちな主人公の 死 が結末なら死亡エンド、登場人物全てが死んでしまうなら 全滅エンド や皆殺しエンド、救いのないものなら鬱エンド、受け と 攻め が入れ替わるようなものを 下剋上オチ、とても仲がよく周囲から恋人のように見られていた友人の結婚式に招かれ帰宅後に引き出物のバウムクーヘンを一人で食べている切ない気分はバウムクーヘンエンドとか、創作・作話技術的な分類以外に俗語的・おたく用語 のような細かい分類が作品の傾向や ジャンル ごとに膨大にあります。 まぁ基本的に〇〇エンドや〇〇オチの〇〇には、何でも代入可能だったりします。
特撮やホラー系の作品でありがちなのは、モンスター を倒してやっと平和が訪れた…とのハッピーエンドの形を取りながら、実は第二第三のモンスターがまだいるのかもしれないという余韻というか次なる戦いの 不穏 な予兆を感じさせるものをゴジラエンドみたいに呼びます。 映画 「ゴジラ」(1954年) の最後に出てくる 「あのゴジラが最後の一匹とは思えない」 というセリフに由来します。
またひと段落的な結末は迎えたけれどまだまだ続きがある、次回に続くみたいな引きの終わり方は BTFエンド、あるいはジョジョエンドみたいに呼ぶことがあります。 シーンの最後に新しい問題やその予兆が生じて続くという状況で、画面 に矢印のついた 「To be continued」 が表示されます。 こちらの 元ネタ は映画 「バック・トゥ・ザ・フューチャー」(1985年/ ただし実際に使われたのは後年ビデオソフト化された時) やアニメ 「ジョジョの奇妙な冒険」(2012年) のエンディング前の演出 (画面が停止して BGM とともに出てくる) です。 これらは純粋な 「次回に続く」 であり、ここでいう結末とは異なりますが、これらの パロディ の形で結末であえて使われることもあります。
特殊なものというか作中描写ではなく メタ 的なものの見方として、連載されていたマンガが打ち切りになってしまい、無理矢理話を畳んだように見えるものは打ち切りエンド、作者がしっかりした結末や 伏線の回収 を諦め放棄したものは投げっぱなしエンド、結末がなく終わらない場合は 「未完」 となりますが、未完状態で終わらせる場合は未完エンドと呼ぶこともあります。
途中までは面白かったのに結末が受け入れられない場合は
結末は現実世界のあれこれでは最終的な評価基準とほとんど同義に扱われることが多いでしょう。 例えば何らかの ビジネス で行われたプロジェクトは、結末が大赤字の失敗なら過程がどれほど素晴らしくても全体としては失敗扱いされがちでしょう。 逆に云えば過程が悪くても結果さえよければ成功です。 失敗したプロジェクトで得た知見がその後のプロジェクトの教訓として活かされ、長い目で見れば結果として無駄ではなかったと判定されることがあっても、あくまでそのプロジェクト単体で見れば失敗は失敗です。
これは創作物の物語においてもおおむね同様です。 出だしや途中までは面白かったのに結末が凡庸、あるいは読者や視聴者らの期待を大きく裏切るものだった場合、その落胆から厳しい評価がされがちではあります。 とくに長年連載を追い続け 感情移入 して楽しんでいた ファン の期待を裏切ると、その落胆は大きなものとなるでしょう。 ただし結末だけがどれほど優れていても、それまでが面白くなければ評価されることはないでしょう。 出だしや途中も結末と同様に大切であり、結果さえ良ければ全て良しとならないのがビジネス的な評価軸とは異なる点です。 場合によっては未完であっても高い評価を得る作品もあります。
その作品が好きであればあるほど、結末の提示はその物語の終わりを意味して寂しく感じることもあるでしょう。 人によっては最終回だけは見ないといった受け取り方をする場合もあります。 終わったことを認めたくない、意に反した結末を受け入れたくないといった感覚ですね。 好きだった作品が終了し、心にぽっかり 穴 があいたように気分が落ち込むことは、作品名を接頭した 〇〇ロス といった言葉でしばしば呼ばれます。





