1960年代生まれの衝撃的ファッション、ミニスカート、その歴史
「ミニスカート」 とは、膝上までの丈しかない短いスカート、小型スカートのことを指します (ちなみにミニスカートのミニは、イギリスの大衆車、Mini から来ています)。 現在の形での 「ミニスカ」 の原型は意外と新しく、1960年代前半が発祥とされています。
それ以前のスカートは、女性として隠すのがたしなみとされた 「膝小僧」 を隠すために膝下までの長さがあるのが一般的でしたので (膝小僧は 「見苦しい」 とされていたようです)、「膝頭が出る」 スカートの登場のインパクトはすさまじく、1958年頃からイギリスで新進の服飾デザイナーブランド、「マリー・クワント」(Mary Quant) がワンピースタイプ、セパレートタイプのミニスカート(Miniskirts) の販売を開始すると、先進的な若者の間で話題となりました (1961年頃からヨーロッパのファッション界でも大きな話題に)。
なおこの 「マリー・クワント」 は、後にオーバーニータイプの可愛い 「靴下」 の制作販売でも名を上げますが、ここらはやっぱり、ミニだから足元をおしゃれにする…という意味の他に、「膝頭の露出」 の問題もあったんでしょうかね。 ちなみに、いわゆる 「ホットパンツ」 を考案したのも、この 「マリー・クワント」 さんなのでした。
アンドレ・クレージュ によって 「ミニルック」 が確立、ミニの歴史の幕開け
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■ ミニスカート丈
■ マイクロミニ丈 ■ 膝上 30cm 丈超ミニ |
フランスはパリのオート・クチュール界の大物によって 「最先端」 のお墨付きをもらったミニルック、ミニスカートは、その後イギリスに逆上陸し、アメリカを席巻し、日本をはじめ世界中の西側諸国で長期にわたり大流行することになります。 なお発売時期は 「マリー・クワント」 が先んじているものの、「アンドレ・クレージュ」 もほぼ同時期に同じような意匠を考案していたとの話もあり、人によってはクレージュがミニスカートの 「スタイル」 の生みの親とする意見もあるようです。
1967年のツイッギー旋風
日本にミニスカートが入ってきたのは、イギリスの女優、「ミニの女王」 とも呼ばれたツイッギー (Twiggy/ 小枝の愛称/ 1949年9月19日〜) の、1967年10月18日の来日からでした。 飛行機のタラップを降りてくる華奢でキュートなツイッギーのミニスカートは鮮烈で、マスコミが連日大きな報道を行い、テレビCFなどにも登場。
それから3年間余りは、日本でも空前のミニスカートブームが巻き起こりました (この時代に 20代くらいだった母親やおばさんのアルバムを探すと、恥ずかしい写真がいっぱい見つかることでしょうw)。
ファッションとして、社会現象として
時代背景的には、女性の社会進出とこのファッションとは、無縁ではなかったでしょう。 第二次大戦中の男性兵士の戦死、「総力戦」 としての戦争による、軍需産業、銃後の守りとしての女性の社会進出は著しいものがありましたが、その後参政権獲得による男女同権の流れ、軍を含む公務員や会社などへの就業などで本格的に女性の社会での役割が増えてくると、それまでの長いスカートは 「動きにくい」 となってしまいます。
前出のアンドレ・クレージュなどは、ミニスカートだけでなく、例えばパンタロンなどのズボン、スラックス系のファッションでもそれに応じようとしていましたが (これらへのアプローチも現在とても評価が高いです)、鮮烈なインパクトを持ち、世界中を駆け巡るファッションとしては、やはりミニスカートに軍配が上がったという格好でしょうか。
その後スチュワーデス (フライトアテンダント/ 航空機の客室乗務員) の制服に採用されたり、女性軍人の制服に採用されたり、数多くのファッションモデルなどが身に着けたりすることで、「乱暴で野卑な前衛ファッション」 は、一般の市民権も得て、流行からファッションのスタンダードの1つとなって定着したようです。
学校の制服の着こなしに、たちまち取り入れられたミニスカート
こうした流行はすぐさま日本の女子高生などの 「制服の着こなし」 に取り入れられ、スカートの上部を折り返して短くして着用するのが大流行。 当時の学校の制服のスカートは、膝下 10cm 程度以上が当たり前でしたから、母親の代が戦前戦中派だったことも手伝い、かなりの社会的問題にもなったようです。
その後ミニスカートブームはひと段落し、女性の各種職業制服に取り入れられる一方、ファッションの流行は 「ロングスカート」 に移行し、「子供っぽさから大人っぽいファッション、シックな装い」 が流行し、今度はロングスカート化して行きます。 1970年代から 80年代にかけての、いわゆる 「つっぱり」 ブーム、「ヤンキーファッション」 の人気により、それからしばらくは、「制服改造と云えばスカートを長くする」 時代 (人によってはいわゆるマキシ丈かそれ以上の長さ) が続くことになりました。
ミニスカートの復権と、より過激なミニスカートの出現
1980年代末から、再びミニスカートのブームが始まりました。 実際にはその間に、さらに短くなった 「マイクロミニ」(股下から膝頭までの中間より短いもの) などが登場したり、ファッション業界の仕掛けたミニブームもあったのですが (服飾業界からしたら、ミニ→ロング→ミニと、流行が一定周期で切り替わった方がおいしいですものねw)、どれもあまりパッとしたものではありませんでした。
しかしその後、いわゆる 「つっぱり」 が 「ダサイ」 と認識されるようになり、そのつっぱりの象徴のような 「長いスカート」 が敬遠されるような空気になっているところへ、アメリカの歌手、マライア・キャリー (Mariah Carey/ 1970年3月27日〜) の提唱したボディコンシャス (体に密着し、ボディラインとセクシーさを強調したようなファッション) が最先端ファッションとして入ってきて、さらにイギリスのパンクロック、その影響を受けたパンクファッションなどの影響から、ミニスカートが再び 「新しいもの」 として認識されるように。
またスカートのミニ化と同時期に、DCブランド (デザイナーズ・キャラクターズブランド) ブームを背景とした私立学校の 「かわいい制服にリニューアル」 が加速。 ブームの発火点であり牽引したのは東京の嘉悦女子高校がタータンチェック柄の可愛らしい制服に一新したことに始まる、都市部の私立高校の制服リニューアルですが、CI や SI (コーポレーティッド・アイデンティティから転じた、スクール・アイデンティティ) とも呼ばれるブランド化は、真面目、清潔、なんて保護者向けのテイストや、つっぱりファッションに身を固めていた1世代前までの若者に人気を得ていた 「渋い」 とか、「かっこいい」「シック」「大人っぽい」 ではなく、ひたすら女の子向けに 「おしゃれ」「カワイイ」 が絶対正義となる時代の到来を告げていました。
この流れは 1990年代を経て、2000年代になっても、依然強い潮流として続いています。 なお 「長くする改造」 の場合、しばしばスカートの新調 (新しく作ったり、購入する) が必要となります。 セーラー服のようにある程度規格として生地 (布地) が色などで統一されているものなら、新しく買うにしてもハンガー売りのものが比較的安価に手に入りますが、学校それぞれが意匠を凝らしたオリジナルのデザインの制服となると、同じスカートの生地を探すだけでも大変になります (学校指定のテーラーや制服メーカーは、学校側からの要請で違法改造、変形改造された制服の製作は一切請け負わない場合が大半です)。
ミニスカートの場合は、短くするだけなので、この点ではかなり有利となります。 腰の部分で折り返して短くしたり、制服スカート用のゴムベルトとして 「ミニスカベルト」 と呼ばれるスカートの長さを任意に固定するベルトもありますし、いざとなればカットして短くすることもできます (ハサミを入れるような極端に短いスカートの場合は、上級生が卒業する時に、後輩に譲ったり売りつけたりするケースもあります。
なおスカートの丈ですが、30cm というのが、ひとつの区切りとなっているようです。 これは、平均的な体格の女子高生が着用した時に、「ギリギリパンツが見えない」 長さだとされているからで、30cm からプラス 2〜5センチあたりが多いようです。 ただし個人の体格差もありますし、地域性もありますので、一概に 「最適な長さ」 というのは求められそうにありません。
女学生制服のスカートからズボンへの移行も
あまりに短いスカートは見苦しい、あるいは冬季には寒さのあまりスカートの下にジャージなどを着用する 「はにわルック」 まで登場し、これに対応する形で、冬季のみズボン (スラックス) とする学校も、徐々に出始めているようです。
また女子高生や女子中学生のミニ化も2005年頃にいったんピークを迎え、今は都市部を中心に、徐々に長さが戻ってきているようです。 世界でもっともミニスカートが多い先進国というと日本のようですが (外国人観光客が女子高生などのミニスカを見て、「子供の売春婦がいる」 と仰天するそうです)、今後も流行を繰り返しながら、長くなったり短くなったりしながら、女性の足元を飾ってゆくんでしょうね。


