同人用語の基礎知識

ゆとり/ ゆとり世代

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「ゆとり」 とは、厨やDQNとほぼ同じ、侮蔑語の代表です

 「ゆとり」「ゆとり世代」 とは、本来の意味では学習指導要領の大幅な改訂により、学習内容と授業時間を大きく削減、短縮した義務教育を受けた世代のことで、「ゆとり教育世代」 などとも呼ばれるものです。

 元々批判の多い政策でしたが、2007年に深刻な基礎学力の低下を招いたとして事実上の 「ゆとり教育の失敗宣言」「ゆとりの見直し」 が提唱されたことにより、「ゆとり」「ゆとり世代」 は 「まともな教育を受けてない連中」 と云った、ある種の侮蔑対象、言葉としては差別的な罵倒語として ネット掲示板 では定着することになりました (「ゆとらー」 などとも)。

 またこれらの年代が使いがちなマナー違反のしゃべり方や書き言葉、例えば 「ら抜き言葉」 とか 「ぁぃぅぇぉ」 などの小さい文字を多用する、「○○ですかぁ」 のように音を伸ばす、「○○なんですけど」 などのように文章を途切れさせて終わるなどの言葉は、「ゆとり語」 などとも呼びます。

そもそも 「ゆとり教育」 とはなんだったのか…

学校校舎
学校校舎

 「ゆとり教育」 本来の目的としては、暗記中心、詰め込み式の教育をやめ、子供の自主的な学習意欲の発揮や、それによって 「考える力」 を引き出すための教育方針とその実践となっていました。 人格や人間性を破壊しかねない過酷な競争による 「知識力」 の獲得ではなく、おおらかな 「思考力」 を鍛えようという訳です。

 また受験戦争のエスカレートによって難関校受験の学力テストに難問や奇問が増えたことにより、本来は必要がなかったり無意味な学習を子供に押し付けたり、あるいは学力ではなく単なる受験テクニックを叩き込むような歪んだ教育環境を是正したり、そうした教育によって生まれた 「落ちこぼれ」 と呼ばれる勉強についてゆけない子供の救済、「一部の高学力児童」 を作るのではなく、全体で学力を底上げしようとする目的もありました。

 義務教育における 「ゆとり」 概念の提唱は古く、いわゆる 「教育ママゴン」 や 「受験戦争」 が叫ばれた 1960年代末から 70年代にかけて最初の提起が行われ、各地方自治体ごとに、例えば公立高校の偏差値偏重を避けるための学校群制度の制定や、カリキュラムの見直しなどが小規模ながら継続的に行われていました。 1980年には、それらを踏まえ、学習の内容や授業時間などの削減を盛り込んだ学習指導要領が実施され、人によってはこの頃を、「ゆとり第一世代」 とする場合もあるようです。

 ミスター文部省と呼ばれ、ゆとり教育の旗振り役であった文科省の寺脇研氏は、1993年4月2日〜1994年4月1日生まれの世代が 「ゆとり第一世代」 だとしているようですが、前出した改正学習指導要領の影響を受けた世代の生まれが 1987年4月2日〜1988年4月1日生まれであることから、マスコミなどではこの年代を 「ゆとり第一世代」 としているようです。

 なお、週休2日 (学校週5日制) は1992年9月から段階的に導入され、当初は毎月第2土曜日が、3年後の1995年4月からは第4土曜日も、さらに2002年4月からは、全ての土曜日が休みとなりました。 これはもっぱら、学校に勤務する先生の労働時間短縮のためのものでした (当時は国際機関などから、「日本人は働きすぎだ」 との批判が強く巻き起こっていて、それを受け公務員が民間に先んじる形で、労働時間の大幅短縮を図っていました)。 しかしゆとり教育論が盛り上がる中、週休2日は 「子供のゆとりのため」 と、その意義がすり替えられた経緯があります。

あらゆる面で、「詰め込み」 と 「競争」 を排除した教育に

 授業時間の短縮だけでなく、中学から高校への進学には、学力試験よりも学校の先生の内申書と推薦が大きく影響を与えるようになりました。 それに伴い全国模試や偏差値の原則廃止によって学力の把握が困難になったことによる受験失敗、不合格を恐れた低レベル高校への進学圧力、また教育内容、カリキュラムの大幅な削減や省略 (およそ3割内容が削減) が試みられたのも大きな特徴です。

 それまでの 「詰め込み式」「暗記中心」 の学習では本当の意味での学力は育たない、むしろゆとりのあるカリキュラムで、子供が自主的に勉強したくなるような意識を作ろうという訳で、教科書のページ数も大きく削減、また夏休みなどの長期休暇中の宿題や課題も大きく減らされることになりました。

様々な分野から、「ゆとり批判」 の声が噴出

 この教育内容の大幅な削減に関しては、当時頻繁にマスコミに登場していたものでは、「円周率は 3.14 ではなく、3」「台形の面積を教えない」「縄文時代を教えない」「二宮金次郎はじめ、日本の歴史上の偉人が大幅に削減」 などがあります。

 これらには受験産業に関係する企業などが流した悪質なデマ、あるいは都市伝説となっていたものもあるのですが、バブル経済崩壊後の景気後退、少子高齢化が進む中、「これからの日本を担い、支えてゆく新しい世代の学力が破壊されている」「子供が危ない」 との危機感もあり、世論やネット界隈でも強烈な拒否反応を持って受け止められました。

 さらに原則として教育指導要領に縛られない私立学校と公立学校との深刻な学力差の発生や、義務教育以上の高等教育現場では義務教育の学習削減のしわ寄せをモロに受け、さらに本来は別の原因によると思われる1990年代末から問題化する学級崩壊、少年の起こす凶悪犯罪などともからめられ、「ゆとり教育」 の世間の評判は、とにかく散々なものでした。 「子供を甘やかし、伸ばすべき能力を スポイル している」 という訳です。

 また一部の脳医学の分野からは、「何を教え覚えさせるかが重要なのではなく、それが何であれ何かを大量に教え込む、覚えさせる、暗記させる、無理やり詰め込むという 「脳に負荷を与える」 という行為自体が、脳の活性化、脳神経の成長のためには有益だ」「筋肉と同じで脳も使わなければ成長せず衰えてしまうのに、脳がもっとも成長し脳神経が活発に形成される義務教育の年代に、わざわざ負荷を軽減し、ゆとりを与えるなどありえない」 との反論などもありました。

 こうした、いわば 「脳の筋肉トレーニング」 という考え方から外れたものでも、その後のあらゆる学習の基礎となる知識の詰め込みは、スポーツにおける基礎練習のような効果もありますし、詰め込んだ知識が将来どのような別の知識、別の学習の土台になるのか分からない状態では、その選択肢をとにかく増やしておくにしくはないとの考えも、実感として多くの人が大人になって得られる感覚でしょう。

 長期休暇中に出される大量の宿題や課題なども、それを行うことによって学習が進むという直接的な面だけでなく、「長期間、自分なりにスケジュールを決めてそれを守り、膨大な課題を消化し目標を達成してゆくという行為そのものが、学業以前に大切で重要な人格訓練になる」 との意見もあります。 これは定期試験や受験なども同様で、単に学業の習熟を図るだけが目的ではなく、「厳しい条件のもと、努力して自分で立てた目標を達成できるかどうか」 を測り鍛える、とても大切なプロセスだとの意見もあります (企業が求人で学歴を重視するのは、これが一番大きな理由ですし)。

 さらに教師の役割が 「教える」 から、「子供の自主学習の支援」 となったことで、現場に大きな混乱もきたしました。 本来子供の理解度や習熟度を試験などを通じて把握し、子供ごとにキメの細かいケアが必要なのにも関わらず、半ば放任に近いような子供同士の自主的な学習の取り組みに任せる結果となり、学習塾に通って先を学んでいる子供とそうでない子供との深刻な学力差を放置する結果ともなりがちでした。 これにより、先生の教育に対する情熱や子供たちに対する熱意を失わせることにつながったとする意見もあります。

 またゆとりが絶対視される中、学習塾に通う子供に辛く当たる教師が増えたり、その時点で指導要領に入っていない範囲を認めない状況 (例えばその学年の時点で習っていない漢字を子供が使うと 「間違い」 として叱る、など) が発生するなど、子供の自発的な学習を評価する仕組みがなかった点が大きな課題を残す結果ともなっています。

ゆとり世代本人の自信喪失と、他の世代からのバッシング

生徒はゆとり教育の被害者?
生徒はゆとり教育の被害者?
当事者たちの自信喪失も

 その後 「ゆとり」 は、2ちゃんねる などのネットの掲示板などでは 厨房DQN などと並び、「頭が悪い」「幼稚」「無教養」「非常識」「短絡的」「忍耐力がない」 の代名詞のような罵倒語、差別語として使われるようになっています。

 これには 「俺たちより明らかに低レベルな教育しか受けてないやつら」「理解不能」 との、旧来の 「いまどきの若いやつは」 的な言説に 「ゆとり教育」 が直接的な 「裏づけ」「根拠」 を与えてしまっていることが大きいようです。

 さらに初期の頃から 「2ちゃんねる」 を利用していた世代は、自分が 「失われた世代」 としてバブル崩壊後の就職氷河期 (「2ちゃんねる」 が生まれた1999年は、正社員の有効求人倍率が 0.39 とかの時代です) に就職活動などを行って苦労していました (そして現在は不安定な非正規雇用だったり)。

 ところが 「自分たちより劣る」 はずの 「ゆとり世代」 が、景気回復後に有利な就活を行っていたことへの不公平感からの嫉妬や僻みが混じった強烈な悪感情、さらに元々ネット界隈でとにかく評判の悪い文科省官僚 寺脇研の世代だという嫌悪感などがない交ぜになっているようです。

 当のゆとり教育世代も、マスコミやネットなどで散々 「学力が低い」「失敗した教育方針の元で育った世代」 だと云われ続けていることからくる自信喪失などもあり、他の世代から揶揄される差別語、罵倒語として使われる一方、ちょっと切ない言葉にもなっていますね。

「新教育指導要領」 の目標は、「いかにして 「ゆとり前」 に水準を戻すか」

それでも、ゆとり教育は間違っていない
それでも、ゆとり教育は
間違っていない

 2008年になり、2013年より実施の 「脱ゆとり」 を掲げた 「新指導要領」 が小学校から中学校 (3月)、高校(12月) まで、相次いで作られています。 2012年に制定される教科書も、全教科平均でページ数は36%増加。 中でも理科は78%、数学は63%の増加となり、歴史や地理なども内容が大幅に拡充されています。

 狙いと目標は、「いかにして 1989年改定時の水準にまで、カリキュラムと子供たちの学力を戻すか」。 目標が 「昔に戻す」 というのが、なんとも切ない感じです。 この 「壮大な実験」 で、何か得るものはあったのでしょうか。

 寺脇研さんは、2002年に文化庁文化部長として 「韓流映画ブーム」 を盛り立て、4年務めた後、2006年に異例の実質的な降格人事は受けたものの、何の処分もなく同年退官。

 翌2007年には、京都造形芸術大学教授に就任する傍ら、9月27日に 「それでも、ゆとり教育は間違っていない」(扶桑社) を著し 「ゆとり教育なのだから、学力は下がっても当たり前だ」「しかし学力は目的ではなく手段に過ぎない」「目的の方こそ大切なのだ」 と、「脱ゆとり」 を強く批判しています。

 一方で、同じ年に有名進学塾と提携し、大学受験強化をモットーとする在日外国人のためのエリート進学校とも云われるコリア国際学園の設立に奔走。 2008年より同校の理事に就任し、またTBSでテレビ番組のご意見番として、コメンテーターをしています。 なお寺脇研さんのご子息は、私立進学校に通っているそうです。

北京オリンピックの不甲斐ない成績から、「ゆとりジャパン」 との言葉も

 2008年8月8日に開会した北京オリンピックに出場した選手のうち、不甲斐ない成績で終わった日本選手やチームを、ネット上で 「ゆとりジャパン」 と呼ぶようになりました。

 野球チームを 「星野ジャパン」、サッカーチームを 「反町ジャパン」 などとマスコミが呼んでいますが、そのうち五輪出場史上最低の成績 (全敗により予選落ち) を真っ先に叩き出した 「反町ジャパン」 に強いバッシングが起こり、「2ちゃんねる」 のスポーツ系の掲示板や、「ニュース速報板」(ν速) で 「ゆとりジャパン」 が造語 (「U−21」 を、「ゆとり-21」 と読み替え)。

 こうした言葉は以前からこれらの板で散発的に使われてはいたものの、ナイジェリアに負けて早くも予選敗退が決定となった8月10日からはスレッドタイトル (スレタイ) にも大きく使われるようになり、そのままあちこちの板やブログに伝播。 方々で使われるようになりました。 この時のバッシングは試合前に選手が大口を叩いていたことも手伝って苛烈を極め、誰かが 「ゆとりジャパン(笑)」 と揶揄すると、「ゆとりは少なくとも謙虚だ」(ゆとりにすら到達してない) とまで叩かれる結果になっていました。

 その後 「星野ジャパン」 も 「金メダル以外はいらない」 とまで云っていたのに上位3チームに一度も勝つことなく負け越したまま、まさかのメダルなしで終わっています。 星野監督と云えば、前年から 「わしが育てた」 という AA が流行っており、試合前から 「わしジャパン」 などとも揶揄されていましたが、これほどの惨憺たる成績となるとは、アンチ にも予想できなかったようです。

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(同人用語の基礎知識/ うっ!/ 2007年8月12日)
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