厨やDQNとほぼ同じ、侮蔑語の代表です
「ゆとり」「ゆとり世代」 とは、本来の意味では学習指導要領の大幅な改訂により、学習内容と授業時間を大きく削減、短縮した義務教育を受けた世代のことで、「ゆとり教育世代」 などとも呼ばれるものです。
元々批判の多い政策でしたが、2007年に深刻な基礎学力の低下を招いたとして事実上の 「ゆとり教育の失敗宣言」「ゆとりの見直し」 が提唱されたことにより、「ゆとり」「ゆとり世代」 は 「まともな教育を受けてない連中」 と云った、ある種の侮蔑対象、言葉としては差別的な罵倒語としてネット上では定着することになりました。
そもそも 「ゆとり教育」 とはなんだったのか…
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| 学校校舎 |
また受験戦争のエスカレートによって難関校受験の学力テストに難問や奇問が増えたことにより、本来は必要がなかったり無意味な学習を子供に押し付けたり、あるいは学力ではなく単なる受験テクニックを叩き込むような歪んだ教育環境を是正したり、そうした教育によって生まれた 「落ちこぼれ」 と呼ばれる勉強についてゆけない子供の救済、「一部の高学力児童」 を作るのではなく、全体で学力を底上げしようとする目的もありました。
義務教育における 「ゆとり」 概念の提唱は古く、いわゆる 「教育ママゴン」 や 「受験戦争」 が叫ばれた 1960年代末から 70年代にかけて最初の提起が行われ、各地方自治体ごとに、例えば公立高校の偏差値偏重を避けるための学校群制度の制定や、カリキュラムの見直しなどが小規模ながら継続的に行われていました。 1980年には、それらを踏まえ、学習の内容や授業時間などの削減を盛り込んだ学習指導要領が実施され、人によってはこの頃を、「ゆとり第一世代」 とする場合もあるようです。
ミスター文部省と呼ばれ、ゆとり教育の旗振り役であった文科省の寺脇研氏は、1993年4月2日〜1994年4月1日生まれの世代が 「ゆとり第一世代」 だとしているようですが、前出した改正学習指導要領の影響を受けた世代の生まれが 1987年4月2日〜1988年4月1日生まれであることから、マスコミなどではこの年代を 「ゆとり第一世代」 としているようです。
なお、週休2日 (学校週5日制) は1992年9月から段階的に導入され、当初は毎月第2土曜日が、3年後の1995年4月からは第4土曜日も、さらに2002年4月からは、全ての土曜日が休みとなりました。 これはもっぱら、学校に勤務する先生の労働時間短縮のためのものでしたが、ゆとり教育論が盛り上がる中、「子供のゆとりのため」 と、その意義がすり替えられた経緯があります。
あらゆる面で、「詰め込み」 と 「競争」 を排除した教育に
授業時間の短縮だけでなく、中学から高校への進学には、学力試験よりも学校の先生の内申書と推薦が大きく影響を与えるようになり、全国模試や偏差値の原則廃止によって学力の把握が困難になったことによる不合格を恐れた低レベル高校への進学意欲、また教育内容、カリキュラムの大幅な削減、省略が試みられたのも大きな特徴です。 「詰め込み式」「暗記中心」 の学習では本当の意味での学力は育たない、むしろゆとりのあるカリキュラムで、子供が自主的に勉強したくなるような意識を作ろうという訳です。
この教育内容の大幅な削減に関しては、当時頻繁にマスコミに登場していたものでは、「円周率は 3.14 ではなく、3」「台形の面積を教えない」「二宮金次郎はじめ、日本の歴史上の偉人が大幅に削減」 などがあります。 これらには受験産業に関係する企業などが流した悪質なデマ、あるいは都市伝説となっていたものもあるのですが、バブル経済崩壊後の景気後退、少子高齢化が進む中、「これからの日本を担い、支えてゆく新しい世代の学力が破壊されている」「子供が危ない」 との危機感もあり、世論やネット界隈でも強烈な拒否反応を持って受け止められました。
また原則として教育指導要領に縛られない私立学校と公立学校との深刻な学力差の発生や、義務教育以上の高等教育現場では義務教育の学習削減のしわ寄せをモロに受け、さらに本来は別の原因によると思われる1990年代末から問題化する学級崩壊、少年の起こす凶悪犯罪などともからめられ、とにかく世間の評判は散々なものでした。
ゆとり世代本人の自信喪失と、他の世代からのバッシング
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| 当事者たちの自信喪失も |
これには 「俺たちより明らかに低レベルな教育しか受けてないやつら」「理解不能」 との、旧来の 「いまどきの若いやつは」 的な言説に 「ゆとり教育」 が直接的な 「裏づけ」「根拠」 を与えてしまっていることが大きいようです。
さらに、自分たちは 「失われた世代」 としてバブル崩壊後の就職氷河期 (「2ちゃんねる」 が生まれた1999年は、正社員の有効求人倍率が 0.39 とかの時代です) に就職活動などを行っていたのに (そして現在は不安定な非正規雇用だったり)、「自分たちより劣る」 はずの 「ゆとり世代」 は景気回復後に有利な就活を行っていたことへの不公平感からの嫉妬や僻みが混じった強烈な悪感情、さらに元々ネット界隈でとにかく評判の悪い寺脇研の世代だという嫌悪感などがない交ぜになっているようです。
当のゆとり教育世代も、マスコミやネットなどで散々 「学力が低い」「失敗した教育方針の元で育った世代」 だと云われ続けていることからくる自信喪失などもあり、他の世代から揶揄される差別語、罵倒語として使われる一方、ちょっと切ない言葉にもなっていますね。
北京オリンピックの不甲斐ない成績から、「ゆとりジャパン」 との言葉も
2008年になり、同年8月8日に開会した北京オリンピックに出場した選手のうち、不甲斐ない成績で終わった日本選手やチームを、「ゆとりジャパン」 と呼ぶようになりました。 野球チームを 「星野ジャパン」、サッカーチームを 「反町ジャパン」 などとマスコミが呼んでいますが、そのうち五輪出場史上最低の成績 (全敗により予選落ち) を真っ先に叩き出した 「反町ジャパン」 に強いバッシングが起こり、「2ちゃんねる」 のスポーツ系の掲示板や、「ニュース速報板」(ν速) で 「ゆとりジャパン」 が造語 (「U−21」 を、「ゆとり-21」 と読み替え)。
こうした言葉は以前からこれらの板で散発的に使われてはいたものの、ナイジェリアに負けて早くも予選敗退が決定となった8月10日からはスレッドタイトル (スレタイ) にも大きく使われるようになり、そのままあちこちの板やブログに伝播。 方々で使われるようになりました。 この時のバッシングは試合前に選手が大口を叩いていたことも手伝って苛烈を極め、誰かが 「ゆとりジャパン(笑)」 と揶揄すると、「ゆとりは少なくとも謙虚だ」(ゆとりにすら到達してない) とまで叩かれる結果になっていました。
その後 「星野ジャパン」 も上位3チームに一度も勝ず負け越したまま、「金メダル以外はいらない」 とまで云っていたのにまさかのメダルなしで終わっています。
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