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子どもポルノ

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子どもポルノなどと、わざと混乱するような名称にするのはなぜなのか

 「子どもポルノ」 とは、児童ポルノ と本来は同じ意味の言葉です。

 ただし 「日本ユニセフ協会」 や 「ECPAT/ ストップ子ども買春の会」 などが主張している 「子どもポルノ」 は、一般的な意味での児童ポルノ (現実の児童が性的な被害者となるポルノ) とはだいぶ違い、本来は無関係なただの水着の写真集や、あるいは児童ではない成人が セーラー服 などの未成年者の服装をして撮影したビデオや写真、さらには創作物である マンガアニメゲーム、小説や ラノベ、「声」 など (彼らの主張では 準児童ポルノ と呼ぶ) を含む、全ての コンテンツ 、あらゆる作品群を指し示す言葉のようです。

全く違う児童ポルノと子どもポルノ

 なお 「日本ユニセフ協会」 によれば、「子どもポルノ」 と 「児童ポルノ」 の違いを、次のように説明しています。

 「現行法が触法物 (法律に触れる物) として規定し一般に 「児童ポルノ」 と称される写真・動画等以外に、子どもの性を 「商品」 として取引するもの (漫画、アニメ、児童ポルノ広告など、子どもの性的商業的搾取被害) が存在することの問題点を指摘するため、現行法が規定するものを含めた総称として 「子どもポルノ」 という表現も使用する」。

 また 「日本ユニセフ協会」 や 「ECPAT/ ストップ子ども買春の会」 などが、児童ポルノに先進的な取り組みをしているとするスウェーデンの駐日大使館で 2007年3月29日に開催した 「子どもポルノサイトの根絶に向けて〜スウェーデンのブロッキングの取り組みと日本の課題〜」 と題したシンポジウムでは、「児童ポルノアニメ」 ではなく、正しくは 「子どもポルノアニメ」です、と主張しています。

 ただし規制強化のための署名募集活動のキャンペーン用資料 「子どもたちが危ない! 「子どもポルノ 日本の現状」 では、秋葉原 の街並みなどをイメージ画像に使いながらハッキリと、「わたしたちは忘れてはいけません 子どもポルノは、子どもへの性的虐待です」 と明言しています。 この 「子ども」 とは、アニメやマンガの キャラクター をも含むのでしょうか?

児童ポルノの定義とは…

 「児童ポルノ」(Child Porno) という言葉にも様々な解釈がありますが、世界中のほとんどの国では 「児童ポルノ」 という概念や違法とする法律や規制がそもそもありません。 一部の先進国では1980年代から 1990年代にかけて大きく叫ばれるようになったものの、その定義はおおよそ 「現実に存在する児童が、セックスやそれに限りなく近い行為を強制された結果生じた成果物」「犯罪行為の記録」 です (創作物の規制など行っていません)。

 また 「児童」 という定義も、国によって多少の違いはあるものの、おおよそ 12歳から 16歳未満程度までをそう呼ぶ場合が多いようです (英語での 「児童 = Child」 はおおむね12歳まで、それ以上の未成年は Teen (13歳から19歳程度) と呼ばれます)。

 この定義で云うと、例えば女子高校生が水着でプールサイドで遊んでいる映像などは、「違法性なし」 となりますし、ましてや 「現実の児童が存在しない」「生物学的な、あるいは戸籍や法的な 「年齢」 という概念すら存在しない」 創作物であるマンガやアニメ、ゲームのキャラクターや、成人によるセーラー服などのビデオや成年声優による 「ロりっぽい声」 なども、当然違法性がないことになります (ただし日本独特の刑法により、局部の直接描写などは 「わいせつ物」 として、大人だろうが子供だろうがそもそも全面的に禁止です)。

そもそも児童ポルノが問題なのは 「児童が性的被害にあった結果生じる成果物」 だからです

 ところがこうした創作物を含むあらゆる 「子供っぽい」 キャラが登場する作品の規制を目指す日本ユニセフ協会やECPAT/ ストップ子ども買春の会では、他国が 「児童虐待の結果、初めて作ることができる児童ポルノ」「児童虐待の成果物としての児童ポルノ」 を被害者となる児童の人権救済のために禁止しようとしている中、ほとんど独善的で宗教的な 「道徳」 でもって 「被害者がいない」 まま断罪しています。

 まるで 「自分たちが不快に感じるポルノ」 の全てを抹殺することを目指しているかのようです (日本ユニセフ協会は 「根絶」 と表現しています)。 被害者が存在しえないマンガやアニメを規制するということは、「児童の人権救済」 や 「被害者の救済」 などが主目的でないのは明白でしょう。

1999年〜2000年の人口10万人あたりの G8 強姦認知件数
カナダ/ Canada78.08件
アメリカ/ The United States32.05件
イギリス/ Britain16.23件
フランス/ France14.36件
ドイツ/ Germany9.12件
ロシア/ Russia4.78件
イタリア/ Italy4.05件
日本/ Japan1.78件
参考: オーストラリア/ Australia81.41件
参考: スウェーデン/ Sweden18.23件
参考: 韓国/ South Korea12.98件
参考: オランダ/ The Netherlands10.36件

 なお日本の場合、そもそも児童の定義が 「18歳未満」 となっており、他の先進国と4歳から6歳程度の違いがある上、性交はもちろん、単なる裸であっても 1999年の 児童買春・児童ポルノ法 施行後は違法です (アメリカやイギリスなどの国では、単なるヌードは違法ではありません)。

 また 「児童買春・児童ポルノ法」 が施行される以前から、未成年者をセックスの対象にしたり、その行為をビデオや写真に撮影することなどは 青少年健全育成条例 や 「児童福祉法」 などで元々違法でした。

 これら3法のほか、その後施行された 「児童虐待防止法」 などでも多重に規制されており、現時点ですでに、日本は世界の基準から見て厳しすぎるほどの規制レベルだと考えて良いでしょう。

 それなのに一体なぜ、世界的に見ても極めて性犯罪発生率が低く、現段階でも世界有数の規制がされている日本で、被害者もいない、架空のキャラクターの人権を守るためにさらに厳しい (というより常識外れ、理不尽に苛烈な) 規制をかけなくてはならないのでしょうか。

 現在創作物にまで規制をかけている先進国はカナダだけですが (「1993年 刑法典 163.1条」)、カナダは人口比で日本の性犯罪発生率の実に 30倍以上もの性犯罪が発生している 「レイプ大国」 です。 先進国中で、もっとも性犯罪率の低い日本が、なぜもっとも性犯罪率の高いカナダを真似なくてはならないのか、データと論理的な主張でぜひ説明してもらいたいものです。

 キリスト教原理主義的なカナダを除き、「書物の単純所持」 を禁じている国など、21世紀の民主国家にはありません。 独裁国家か、魔女狩りの中世にまで遡らないと、そんな 「野蛮な国」 は見つからないでしょう。

スウェーデンの実態と、被害女性泣き寝入りによる 「暗数」 の問題

 児童保護や女性の人権保護に先進的な取り組みをしていると評価されているスウェーデンですが、人口 10万人あたりの性犯罪発生認知件数は、カウントの方法が他国と異なっていること、国民性からくる 「暗数」(泣き寝入りなどで表に出ない数) の違いもありますが、およそ日本の 10倍以上、G8 (主要国首脳会議/ サミット参加国) の8ヶ国と比べると3位相当の高率、同じ文化圏であるEU加盟国の中でも最悪の状況です (上記の一覧表参照)。

 ところでこの種の統計資料を見る際、「日本では性犯罪の被害者に対し社会的な無理解がある」 などにより、「暗数が多い」 とよく云われています。 「暗数を踏まえると日本の性犯罪発生率は、諸外国と比べて不当に低くされている」 から、「性犯罪発生率が低いという根拠にはならない」 との説ですが、これは本当でしょうか。

 これについては、異論が様々あります。 宗教の戒律が厳しい国では、日本以上に性犯罪被害を訴え出るのが困難な国や地域もありますし、そうした文化的背景以外にも、海外の多くの国の 「暗数」 の理由に、「警察が信用できない」(だから訴え出ても無意味なので訴えない) があるのは、注目すべき点でしょう。

 日本の警察は、110番通報などを意図的に無視したり、加害者の買収に応じて被害届けを取り下げさせたり、逮捕した加害者を起訴せず放置することが常態化している種類の 「信頼できない状況」 ではありません。 発展途上国や内戦を繰り返しているような政情不安な国では警察組織そのものがまともに機能していないような国 (通報や訴えが無意味な国、実数の把握が困難な国)、日本における痴漢やセクハラが罪とならない国も多く、「社会の性犯罪への無理解」 や 「日本独特の性に対する認識」 などだけを理由に、「諸外国と比べ日本は圧倒的に暗数が多い」 とは、とてもいえない状況となっています (そのような結論となっている信頼に足る調査データもありません)。

 被害者泣き寝入りなどによる 「暗数」 はもちろんありますが、途上国だけでなく先進国においても問題は多く、上記のような宗教的な理由 (アメリカの南部など)、経済的な理由 (不法移民で警察に届出が行えない)、人種差別的な問題 (黒人やマイノリティの性犯罪を警察がまともに取り合わない) を多くの国は日本以上に深刻な状況で抱えていて、「日本は暗数が極端に多く、この種の認知数統計は信頼性にかける」 という規制を推進する側の主張の根拠はかなり希薄です。 比較的日本に暗数が多いとする統計でも、せいぜいアメリカの暗数の2倍程度に留まり、18倍もの桁違いのアメリカ性犯罪認知数との差を考えると、「日本はそうした犯罪が極端に少ない」 という意味をなんら失わせる数ではないでしょう。

 少々穿った見方をすれば、規制反対派が唱える 「海外のやり方を真似ろというが、性犯罪や児童性犯罪は外国の方がはるかに多いじゃないか」 との統計や根拠を伴う意見に対し、反論に窮した規制推進派が 「暗数が多いから日本の統計は信用できない」 との、詭弁による反論の可能性も高いと云えます。 レイプ被害者への好奇の目や無理解はあってはなりませんし、被害者本人の心の傷の深さはケアすべき大切な問題ですが、それは日本だろうが外国だろうが、日本人女性だろうが外国人女性だろうが、同じなのです。

創作物の単純所持が禁じられる恐怖

 かつて 「有害図書追放運動」 が盛り上がった際、多くのマンガ出版社、雑誌などの版元が、極端な 自主規制 を行いました。 また流通販売を行う問屋や書店では、「疑わしいものはとにかく排除」 と、本来なら有害図書でも何でもない一般のマンガですら、店頭から撤去したものです。 ただしこの時は、単純所持 までは禁止となっていませんでしたから、「倉庫に引っ込めてしばらく様子をみよう」「何が違法で何がそうでないのか、くわしく検討しよう」 が可能でした。 ところが流通規制や出版規制ではなく、「単純所持が禁止」 となると、もはやそうはいきません。

子供と子ども、事実誤認で差別語扱い?

 「子供」 ではなく、「供」 をひらがなにする 「子ども」 という表現が増えています。 とりわけ子供の人権を声高に叫ぶ団体や識者らが、好んで 「子ども」 という表記を行っているようです。

 彼らはこれについて、「子供の供は子どもを一人の人間として見ておらず、親や大人の付属品、従者、添え物、お供として見ている表現」 であり、しかし言葉として定着はしているので、せめてお供を連想する供をひらがなにすることで、差別的な悪いイメージをなくしたいと主張します。

 これは誤りで、子供の供は、「子」 の複数形の 「共」 が変化したものであり、語源的には 「子ら」 の意味の言葉です。 日本語の複数形は欧米のそれと比べると独特ですが、この言葉もそれ自体が名詞化し、単数でも使われるようになっただけで、別に 「お供」 の供ではないのでした。

 多くの 「進歩的」 とされる文化人は好んで 「子ども」 と表記していますが、日本語本来の子供には差別的な意味や意図など全くなく、また子供たち本人も大人から子供と呼ばれて差別されているなどと思ってもいないでしょう。

 この例に限りませんが、人権やら差別やらを声高に叫び言葉狩りや規制強化を訴える人たちが、どう物事を調べ、捉え、また行動するのか、単に勘違いの自分の印象、予断だけで他者を悪者にすることにどう鈍感なのか、考えさせられるテーマです。

 もし当時の調子で 「基準があいまいだから、ひっかかりそうなものは全部やっとけ」 と全国の書店や、とりわけ古書店が在庫の一斉破棄をはじめたら、日本のマンガ文化が完全に崩壊してしまう可能性があります。

 新しく描く作品は、ひょっとしたら将来規制が緩和されたり、より厳格な基準が設けられた時に新しく生まれるかも知れませんが、一度断裁され燃やされ捨てられた過去の名作のマンガ本やビデオテープ、DVD、LD、写真集は、二度と戻りません。

 マンガ本だけではありません。 例えば イラスト やマンガを描くのが趣味の人が、紙にロリキャラの裸の を描いたとします。 もしイラストなどの 「製造」 や 「単純所持」 が禁じられたら、その時点でその絵の描写とその所持は、違法になってしまいます。 しかしそのままその裸のキャラの絵の体に洋服を書き足したらどうでしょうか。 この場合は着衣しているので合法になります。

 修正液で服を消して乳首を描いたら違法。 またペンで服を書き足したら合法。 なんともバカバカしい例え話ですが、「出版規制」「流通規制」 だけではなく、創作物の製造や単純所持まで 「違法」 ということは、つまりはこういうことなのです。

 絵を描く方なら分かると思いますが、デッサンは裸で描くものです。 でないとちゃんとしたデッサンになりません。 裸の体を描いてから服を描くんです。 しかし製造や所持が禁止ですと、体を描いている途中は違法になります。 これを 「気が狂った規制」 といわずして、なんと評したらいいのか筆者は言葉が見つかりません。

基準が明確でない上に、事後の検証も不可能に

 さらに単純所持禁止を行うと、「第三者による公平な検証」 ができなくなります。 検証用資料として持つことも処罰の対象なのですから、結果として 「検挙の理由となった作品の実物は分からないけれど、捕まった人はベド犯罪者なんだろう」 という人間として最低の烙印を任意の人物に押した上で、逮捕拘留することができるようになってしまいます。

イメージ
子供を守る」 という反論不能な絶対正義、
その裏に潜むものを考えましょう

 「日本ユニセフ協会」 や 「ECPAT/ ストップ子ども買春の会」 は、「子どもポルノ」 の定義をなんら明文化せず、「アニメや漫画、ゲームなどで児童を性的に描いたもの」 というあやふやな主張を繰り返しています。 なぜ 「実在の人物がいるもの」 とか、あるいは創作物を含めるとしても、「性器を描写したもの」 とか 「性交を行っているもの」 とか、はっきりと基準を明確に決められないのでしょうか。

 まるで 「明文化、数値化できる基準ではなく、私が見て不快に感じたら、とにかくそれがダメなのだ」 とでも云っているかのようです。

 ナチスドイツは、彼らにとって堕落したもの、不健全だと思われる芸術や文芸作品を 「退廃」 と呼び、チェーザレ・ロンブローゾの犯罪人論 (1876年/ L'uomo delinquente) や マックス・ノルダウの退廃 (1892年/ Entartung) による 「退廃を好むものは生まれながらの犯罪者、脳の中枢が冒された病人、狂人だ」 との根拠や実証を伴わない論理を正当化して作品や作者を弾圧しました。

 作品は炎にくべられ、無数の書物や絵画が失われました。 ナチスが去っても、それらの作品は戻りません。 多くの独裁国家、あるいは中世の魔女狩りを例に取るまでもなく、一方的な正義や道徳をもって創作物を焼くものは、いずれ人を焼くものです。

 表現の自由 は、現代に生きる人々が誰でも持っている、基本的な人権です。 日本でも、ちゃんと憲法に書かれています。 架空のキャラクターの人権のために、生きている、実在する人間の基本的人権を制限するなど、とても正気の沙汰とは思えません。 2010年になり、規制強化を訴える同じ団体が協議会に加わった東京都の青少年健全育成条例の改正案では、非実在青少年 なるおかしな言葉も生まれています (批判を受けその後 刑罰法規に触れる に言い換え)。 一刻も早く、現実と妄想の区別をしっかり付けてください。 みんなが迷惑しています。

迷走する日本ユニセフ協会の主張…その場限りの言い訳ばかり

 2008年3月17日になり、「子どもポルノから子どもを守るために」「被害者のいない子どもポルノ?」 との文章を東京発で公式サイトに発表しました。 その中で日本ユニセフ協会は、

私どもは、マンガ、アニメ、コンピューターゲームそのものを否定するものではありません。私どもが「なくそう!」と訴えているのは、『子どもポルノ問題に関する緊急要望書』の中に記したとおり、あくまで「欧米各国では法律等で禁じられている子どもへの性的虐待を描いた」(要望書前文5〜6行目)ものであり、「子どもに対する性的虐待を性目的で描写した」(要望項目(1))ものに限定されます。性教育や性的虐待の事実を訴えるなど、「性目的」以外の目的で作成されたものは含まれません。また、性目的で描写した子どもポルノであっても、他人への提供を目的としない製造(例:自分自身の楽しみのために紙やPC上で描く行為)の禁止までも求めるものではありません。

 と、それまでの主張を根底から否定するような主張を 「元々こうだったのに反対派に誤解されたので改めて説明します」 といわんばかりの論調で開陳しています。

 とりわけ 「性目的で描写した子どもポルノであっても、他人への提供を目的としない製造 (例:自分自身の楽しみのために紙やPC上で描く行為) の禁止までも求めるものではありません。」 の一節に至っては、それまで規制派の一部が主張していた 「架空のキャラクターの人権」 や 「創作物の影響によって現実世界での性犯罪が増えている」 との主張と、どう整合するのか、「子どもポルノの単純製造や単純所持の禁止」 とどう折り合うのか (反対派がかねがね主張していた ゾーニング とどこが違うのか)、まったく理解不能、本当におかしな論理矛盾です。

 マンガやアニメ、ゲームが児童の人権侵害、性犯罪に結びつくのなら、どうして世界でもっともマンガやアニメやゲームが溢れている日本が、性犯罪や児童性犯罪が先進国でも飛びぬけて少ない安全な国なんですか?

 小学生が一人で学校に通え、中学生が暗くなってから繁華街の学習塾に通え、高校生が夏休みともなると深夜の繁華街に薄着で溢れていますが、そんな安全な国が世界のどこにありますか?

 人の趣味や思想、「人権」 を制限すると云うのなら、一度くらいまともな、辻褄のあう話をしてくださいよ。 日本人はバカじゃないんですから、いつまでも幼稚なデタラメばかり垂れ流さないでください。 またスウェーデンやアメリカの 「外圧」 を利用するのは結構ですが、それらの国の性犯罪発生率を人口 10万人あたりでせめて1ケタ台にしてから初めて、日本に文句をいって欲しいものです。 日本と同じ土俵で意見ができる立場だとでも思っているのでしょうか。

日本は世界最悪の児童ポルノ大国、児童人権侵害の中心地との主張まで

 なお 「日本ユニセフ協会」 と一緒に運動を推進している 「ECPAT/ ストップ子ども買春の会」 は、日本を 「世界の商業的ポルノ生産の中心地」「世界最大の子どもポルノ生産・供給国」 と断じ、さらに途上国の貧しい人たちによる児童の売春 (買春) や人身売買の原因が、「日本のODAや多国籍企業と結びついた大規模開発」「(日本企業の) 派手な広告が消費をあおり,日本のバイクやテレビ,洗濯機,農機具などを売り込んでいます。そのために娘が売られることが少なくありません」 とまで批判しています。

 つまり世界中で起こっている児童性犯罪の多くが、日本が野放しにしている 「子どもポルノの存在」 によって触発されて起こっていて、さらに日本の経済援助や企業の製品輸出が子供の人身売買の原因だと云うわけです。 まるで日本は、人権無視、子供虐待の悪の枢軸国家と云わんばかりです。

「嘘」「大げさ」「まぎらわしい」 は、昔から誇大広告と相場が決まっています

 2008年3月17日の日本ユニセフ協会のアピールでは、

多くの先進国では、性目的で子どもの性的虐待を描いたアニメ・漫画・ゲームソフトなども、「子どもの性的虐待」を社会的に容認することにつながるなどの理由から、その販売・提供・流布を、既に法律的に禁止または禁止する方向で法律の整備が進められています。

 と述べていますが、現実的に法律でこれらを規制しているのはカナダだけです。 本文中に 「少なくともスウェーデン、カナダ、米国(連邦法)が」 とありますが、アメリカでは憲法違反 (表現の自由に反する) として裁判で係争中であり、スウェーデンでは警察が 「これは違法画像だ」 と認定したものが インターネット で閲覧されるのを防ぐよう、プロバイダがアクセス制限をかけるだけで、スウェーデンの駐日大使館行われたシンポジウムもこれを受けたものです。

 「単純所持」 は 1999年より法律で規制とのアピールがなされましたが、児童虐待を防ぐ効果は上がっているのでしょうか? (10年近く経て何の数値的データも出せないのでしょうか)。 またたった3ヶ国で、「多くの先進国」 という表現は、妥当なものなのでしょうか? なお防ぐどころか、むしろ被害者数が増加しているデータは、各国の犯罪統計、異なる人権団体の調査などで、多数表れています。 規制推進派が、それらのデータに言及することはほとんどありません。

 また 「カナダでは2005年、米国でも2006年に、日本製の子どもポルノマンガ・アニメの所持に対する有罪判決が出ています。」 ともありますが、これらは単独で違法となったわけではなく、膨大な正真正銘の児童ポルノ (児童虐待の結果作られた記録、成果物) と一緒に摘発、没収されただけであり、議論の余地のある状態です。

 やたら紛らわしい、一般人の錯誤を狙っているとしか思えない 「児童ポルノ」「準児童ポルノ」「子どもポルノ」 などといった名称、針小棒大でオーバーな表現、あからさまな虚偽、なんら客観的数値データのでない 「増えている」「大きくなっている」 という検証不可能な形容詞だらけの本文。 JAROのコマーシャルじゃありませんが、日本では昔から、「嘘」「大げさ」「まぎらわしい」 の誇大広告は、詐欺師が使う方法と相場が決まっています。 もしそうでないなら、事実をありのままにどうして語れないのでしょうか。

 「本当のこと」 ならば、誰もが納得のできるデータが出せるはずです。 なぜ出ない、出せないのでしょうか? 嘘に塗り固められた 「善意」「正義」 を振りかざして人や思想、書物を縛るようになったら、その先に必ず地獄が待っているのは、歴史が証明しています。 「日本ユニセフ協会」 や 「エクパット」 には、強い反省をしていただきたいものです。

呼びかけ人の総意に基づきまとめましたが、全ての呼びかけ人の意向は反映してません…?

 2008年3月28日、日本ユニセフ協会は 「なくそう!子どもポルノ」キャンペーン これまでお寄せいただきました代表的なご意見・ご質問について当協会としての見解※・説明」 と題した声明を発表しましたが、誰もが疑問に思っている 「児童ポルノや子どもポルノの具体的な基準」 は示されず、「国際的な問題であり、他国の法規制などを参考に、国際社会におけるわが国の責任ある立場 (影響力) なども考慮し、わが国の法制度との整合性を図りながら検討されていくべきものと考えております」 と述べるにとどまり、何らの基準らしい基準も示されませんでした。 世界193の国と地域が批准する 「子どもの権利条約」 の尊重をうたっていますが、他国を参考にと云いながら、193ヶ国のうち何ヶ国を参考にするのでしょうか?

 あげく、「緊急要望書は、20名を超える呼びかけ人の総意に基づきまとめましたが、全ての呼びかけ人の意向は反映してません」 と、内容の責任転嫁とも読める内容を真っ先に掲げています。 なんら具体的な基準もなく、わずか 20名の、志を同じくする呼びかけ人との意見調整もできず、似たような言葉を次々に作って、「でも罰則だけは先に決めます」「禁止や規制だけはとりあえず決めます」「規制の法律を作ってから細かいことは考えましょう」 では、国民は何をどう判断すれば良いのでしょう? その状態で 「募金」 と 「賛成の署名」 だけ集めて、それをどう使ってどうしようと云うのでしょうか? 同じ日、「なくそう!子どもポルノ」キャンペーンに関するお問い合わせについて」 と題した告知では、「個別のご質問は一切受け付けません」 と書いています。

 注目すべきは、次の一文です。

例えば、インターネット・ホットライン・センターには、毎日多くの 「児童ポルノ」 関連の通報が寄せられますが、現行法の定義では 「児童ポルノ」 とされないものがその殆どと伺っております。

 もうほとんど、火のないところに煙を立てているとしか思えませんね。 基準があいまいで、それでもやたらと範囲の広い現行法から見ても 「違法でない」 のなら、それは法律で取り締まるべき児童ポルノではないのではありませんか? 日本の法律でも海外基準で見ても児童ポルノじゃないのなら、それは本来取り締まるべき、憎むべき 「児童ポルノ」 ではないでしょう。

 警察の地道な捜査で児童ポルノがなくなったら (実際警察の努力により、「○○援交」 の類の製造者や販売者は何人も逮捕され、「新作がでない」 ほぼ封じ込めに成功しています)、今度は 「子どもポルノ」 とやらを新しく作って、それを規制しようとでも云うのでしょうか。

 また、

「子どもを性的対象とする価値観を醸成する働きでは、コミックと写真を区別する理由はない」

 に至っては、もはや現実の子供の人権や被害救済などはどうでもよく、「価値観」(個人の倫理や思想) を法律で取り締まれ、価値観のおかしい人間は牢獄に入れろと云っているのと同じです。 これが 「子供の人権」 を大義名分に掲げただけの ポリシーロンダリング、悪質な印象操作でなくて、何なのでしょう。

 まず規制ありき。 まず罰則ありき。 常に 「規制」「規制」「規制」。 さらにアニメやマンガ、ゲームを取り締まれ、その一部を破棄しろでは、健全な理性を持った日本の国民をごまかすことはできないと肝に銘じて欲しいものです。

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(同人用語の基礎知識/ うっ!/ 2005年12月16日)
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