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コミックコード/ Comics Code

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世界をリードしていたアメコミが衰退…「コミックコード」

魅力的でバラエティに富んだ作品がたくさん作られていたアメコミ
魅力的でバラエティに富んだ作品がたくさん
作られていたアメコミ

 「コミックコード」(Comics Code) とは、アメリカの マンガ (漫画/ コミック・ブック/ Comic book)、「アメリカンコミック」(アメコミ) や アニメ が扱うテーマ、表現の倫理規定をまとめた出版社側の 自主規制 の基準、指標のことです。

 1950年代、アメリカのコミック文化は 「アメコミ黄金時代」 とも云える最盛期を迎えていました。 「スーパーマン」「バットマン」 といった数多くのヒーローが生まれ、600種類以上ものコミックブックが年間で1億5千万部も発行されていました。 現在のマンガ大国日本と同様、様々なテーマと表現を持った魅力的でバラエティに富んだ作品がたくさん作られていたのでした。

 しかしこうしたコミック作品に登場する暴力表現、ホラー表現、同性愛的な退廃表現などを、「子供に有害だ」「家庭内に暴力を肯定的に描く作品を持ち込んで子供に見せるべきではない」 とする声が保護者団体や婦人団体から急速に高まり、強い批判に晒されることとなりました。

 コミック出版社側はそれを受け、1954年に 「コミックス倫理規定委員会」(CCA/ Comics Code Authority) を発足。 事前検閲によって認証されたコミックのみが出版を許されるようになりました。 「コミックコード」(コミックスコード) とは、そこで定められた検閲認証のためのガイドライン、基準と、実際にコミックにそれをパスしたと表記するマークとなります。

 業界の自主規制ではありましたが、アメリカ議会から強い勧告がなされていて (後述します)、過剰な規制が避けられないものとなっていました。 また書籍を扱う業者も、コミックコードマークのない書籍の取り扱いを行わず、結果的に強い強制力を持つものともなりました。

 ただし当時の状況として、コミックスの売上がピークを超えてテレビなどの新しいメディアに圧迫され下降気味であったこと、反コミックの世論を何とかしたいと急進的な改革を訴える人間が業界内部にもいた事、さらに一部の過激な描写に眉をひそめる立場の人間も少なくなく、これを機会に切り捨てようとしていた部分もありました。

 要するにコミック出版社側にも 表現の自由 との掛け声とは裏腹に、ビジネスと世論迎合に積極的な人たちがいて、ドロドロとしたものがあったわけです。

フレデリック・ワーサムの意見から、1940年代末より反コミック運動が盛り上がる

Seduction of the Innocent
「Seduction of the Innocent」
(1954年)

 「コミックコード」 制定へ向けた運動に大きな影響を与えたのは、ドイツ人医師で高名な精神医学者であったフレデリック・ワーサム (Frederic Wertham/ 1895年3月20日〜1981年11月18日) のコミック悪玉論でした。

 1948年から雑誌などで 「有害なコミックは子供の精神に悪影響がある」 との自説を発表し、「Horror in the Nursery」(子供部屋の恐怖)、「The Psychopathology of Comic Books」(漫画雑誌の精神病理学) は大きな反響を呼びました。

 その後ワーサムの 「コミック悪玉論」 の集大成とも言うべき著作 「セダクション・オブ・ジ・イノセント」(Seduction of the Innocent/ 純潔なる人への誘惑/ 無垢への誘惑) が1954年に出版されます。 その主張は 「子供が危ない」 との危機意識を産み、センセーショナルな話題としてマスコミなどでも大きな注目を集めました。

 マンガ規制を強く訴えるこの本では 「暴力的、ホラー的、反社会的なコミックは子供の精神に有害であり、心を破壊する」「親が知らない間に子供部屋で犯罪者への誘惑が毎日続いている」 と繰り返し唱えられていました。

 これを受け、保護者団体、とりわけ保守的なキリスト教系の婦人団体や教会などが 「子供を犯罪者にするな」「健全な家庭を破壊する悪書を追放せよ」 と批判のトーンを強めることに。 保守的な道徳・倫理運動の盛り上がりなどもあり、一部ではマンガ本を集めて焼き討ちするなど、過激な反対運動にまで発展しました。

医学者からの警鐘で、感情的なコミック敵視論に 「根拠」 が

 ところで、ワーサムの意見が出る以前から、実はマンガを敵視するグループが存在してはいました。 マンガばかり読んで子供が勉強をしなくなるといった良妻賢母型の躾の観点から批判するものから、フランケンシュタインを扱うマンガなどは神が生命を創造したとの真理に反するといった宗教の教義的な見地からの批判まで、様々な反対理由で運動する団体などがありました (逆に良い本を読みましょうと、古典的名作などを推奨する活動も行っていました)。

 新しい文化が出た時に、それに馴染めない人たちから、否定的な意見が出るのはいつの時代でも当然の反応でしょうし、それは映画やラジオやテレビの登場でも同じでした。 しかしマンガにおけるそれらの意見にこのワーサムの本が、「医学者による科学的な根拠」 を与えた形になったのが、とても大きかったのでした。

 この時代、精神外科として人間のロボトミー手術 (脳に外科手術を施して精神疾患を治療すること) を初めて行ったエガス・モニスにノーベル生理学・医学賞が授与されたり (1949年)、アメリカ精神医学会により精神疾患に関するガイドライン 「精神障害の診断と統計の手引き」 が整備されたり (1952年)、クロルプロマジン (強精神安定剤) やレセルピン (精神分裂病治療薬) といった向精神薬が次々に開発・販売される (1952年は精神薬理学の誕生年とされています) など、精神医学が画期的な進歩を遂げていました。

 実際にはロボトミーのように、後に副作用や死亡事故多発などで強く批判されたり誤りであったことがわかったような悪質で乱暴、人体実験さながらの研究や治療法も多いのですが、当時は 「人間の心と精神を医学的、科学的に解明する試みの大きな進歩」 として注目を集め、ある種のブームにすらなっていました。 こうした状況や世相も、この論の信憑性を強く補強する大きな役割を担っていたともいえます。

アメリカ議会でマンガに関する公聴会が開かれることに

 このフレデリック・ワーサムの論は、統計学的に意味のある調査などはほとんど行わず、ごく一部の真偽不明で極端な例などを取り上げ、危険性をさも普遍的で精神医学的に根拠のある科学的な説のようにことさらに述べたものでした。

 環境犯罪誘因説や強力効果論 (食べ物や触れた創作物の影響によって人間の精神が狂い犯罪を行う) が統計的手法で次々と明確に否定される中、こんにちでは内容の核心部分がほぼ否定されているような乱暴で粗末な論でした (当時のコミック界にも問題はあり、内容の全てが否定されているわけではありませんが)。

 しかし 「有害なマンガから子供を守れ」「金儲けのために純粋な子供の心を汚す企てを許すな」 との掛け声の下、アメリカの上院議会で公聴会が開かれる事となり、議会には 「ECコミック」(EC Comics) を出版しアメリカのマンガ界の著名人であったウィリアム・ゲインズ (William Gaines/ 1922年3月1日〜1992年6月3日) はじめ関係者らが呼び出されて調査に掛けられることになりました。 なおECコミックは、ホラー漫画やSF漫画、風刺漫画や犯罪、戦争を扱った独創的な作品群で、一部に根強い人気があった出版社です。

粗悪な食べ物は子供の体を害し、粗悪な書物は子供の心を害す

アメリカ議会
アメリカ議会

 1954年、アメリカ議会上院の少年非行対策小委員会で、コミック関係者と規制推進派団体ほかが集められ、公聴会が開かれました。

 コミック関係者たちは 「規制は表現の自由に反する」「子供は殺人の物語を読んだらそのまま殺人を行うほど愚かなのか」 などと意見を述べ、法による表現規制に強く反対。

 しかし規制推進派の急先鋒で公聴会の議長でもあったエステス・キーフォーバー民主党上院議員 (Carey Estes Kefauver/ 1903年7月26日〜1963年8月10日) ら規制賛成派は、ワーサムのコミック有害論に基づきコミック関係者らに厳しい意見を次々に浴びせかけました。

 中でも残虐なシーンを描いたマンガ本 (斧で切った女性の生首を持つ男性の イラスト、ECコミックの5月号) などをテレビカメラが集まる前でかざし、「こんな を子供が見るのをあなたは問題としないのか」「大人ですらほとんどの人間がショックと嫌悪を覚える」 と詰め寄った姿は全米に中継され、反対ムード優先の中、世論も沸騰。 小委員会は 「コミックブックと非行」 と題するレポートを提出、コミック出版社に対して厳しい規制を行うよう強い勧告がなされました。 これにより規制反対派らは追い詰められます。

 当時は1950年代に吹き荒れたマッカーシズム (McCarthyism/ 赤狩り) の最盛期で、「国のため、国民のためなら、表現の自由や出版の自由などは制限されても仕方がない」 とされた時代でした。 赤狩りそれ自体は、ソ連などの共産圏から資金援助を受けるなどしてシンパとなり、工作活動を行う議員や官僚、著名人が大勢存在し、実際にスパイ活動などを行っていたので後世の評価は様々ですが、こうした風潮は、「アメリカ的な正義のためなら表現や思想信条の自由は大きく制限されても仕方がない」 という意識を、当時のアメリカ市民に広く正当化させる土壌ともなっていました。

 中でもホラーなどを扱っていたECコミックはやり玉に挙げられ、公聴会に呼ばれたゲインズは、さながら 「アメリカ最悪の不道徳出版社の親玉」「子供を犯罪者にする悪人」 といった扱いで新聞やテレビなどマスコミから強くバッシングされ続け、さらに 「問題は ECコミックだけでない、全てのコミックが問題なのだ」 とされ、反対運動はピークを迎えます (公聴会の翌年となる1955年、事実上ECコミックは終焉します)。

 こうした状況を受け、コミック出版社では 「コミックス倫理規定委員会」 を1954年に発足させ、映画などで行われていた自主規制や レイティングR指定X指定) などの基準や施策を参考に、コミック表現を制限する、いわゆる 「コミックコード」(Comics Code) の策定とそれによる認証制度を実施することになりました。 国による規制ではなく、業界団体による自主的な検閲を行うことに決めた訳ですが、そうしなければ法規制が入りかねない状態ではありました。

行きすぎた自主規制により、何も描けない状態に?

 医学的科学的根拠、倫理、世論、そして感覚的な嫌悪。 これら全てがコミックに逆風となる中、コミックコードの策定がなされました。

 結果、コミックコードの自主規制は、子供に見せないという年齢制限規定の方向にはほとんど行かず (当時は 「漫画=子供の物」 という認識が支配的だったからです)、表現内容の制限に重点を置くものとなりました。 ただしその規制の範囲は、過激な暴力やホラー表現、犯罪をそそのかす非行の奨励とか、過度のグロテスク、ボンテージや フェチ 的要素といった表現の制限、あるいは 18禁 的なアダルト表現の規制だけにとどまりませんでした。

 社会的に尊敬を受けるべき職業への反発や嘲り・蔑視を助長する表現の禁止 (例えば政治家や警察官、教師や牧師など聖職者らをからかったり批判したり、彼らが悪党や黒幕であるといった表現を制限) とか、社会道徳、モラルに反する一切の表現の禁止 (もっぱらキリスト教的道徳に基づく基準)、子供が殺される描写、死ぬ描写の禁止、一度死んだものが生き返ることの禁止、キス、性的シーンの禁止 (服から見える胸の谷間やへそ出しなども消されます)、性的誘惑や強姦は描写はもちろん仄めかすことも禁止、同性愛を連想させる描写の禁止、喫煙、飲酒表現の禁止、両親が離婚した描写の禁止、さらに 「民主主義の否定の禁止」「正義と悪の区別をしっかりつける」「悪者が正義に勝つことを禁じる」 など、視覚的表現だけでなく、物語やメッセージ、内容そのものにも深く踏み込んだ徹底したものでした。

Comics Code Authority
Comics Code Authority

 これは、運動をリードしていた人たちに宗教的な立場を重んじる人が多かったこともあるのでしょうが、伝統的権威などを共産主義者などがしばしば攻撃していたので、キリスト教的なモラル以外にも、当時の反共主義的なムード、赤狩り (共産主義者とその支持者が大量に公職から パージ された) の強い影響もあったのでしょう。 本来宗教と共産主義は相容れないはずですが、それらが相乗して、行きすぎた自主規制をコミック界が自らに課すことになったのは歴史の皮肉とも云えます。

 なお移民による多民族国家であるアメリカでは、登場人物に白人、黒人、黄色人種をバランスよく登場させることも求められ (男性女性も同様)、キャラクター として悪人を出す場合、その悪人と同じ人種を善人として同数登場させてバランスを取る必要性もありました。

 これらの基準をパスし認証を受けて発行されるコミック書籍には、表紙 に 「Comics Code Authority」 との認定マーク (右図) が記載され、検定済みであることを表記しています。 これは映画における 「映倫マーク」 などの扱いと同じです。

「コミックコード」 の導入により 「アメコミ」 の衰退が顕著に

世界をリードしていたアメコミが衰退
世界をリードしていたアメコミが衰退

 こうした過剰な自主規制がされた中でも、1962年の 「超人ハルク」 や、1963年の 「スパイダーマン」、同年 「X-メン」 など、日本人が 「アメリカン・コミックス」(アメコミ) と云うと真っ先に思い出すようなビッグタイトルが生まれてはいました。 1961年には 「ファンタスティック・フォー」 といった深いテーマを持った作品も生まれています。

 しかし多くの作品から良い意味での毒が失われたり、物語がしばしば 「アメリカ的民主主義礼賛」「勧善懲悪」「ヒーローもの」 でワンパターン化しやすくなるなど (こういった作風は日本人好みでもあるので、積極的に日本にそうした作品が紹介され、誤ったアメコミイメージを植えつけられた部分もありますが)、表現やメッセージの幅が狭まり、また勢いが急激に衰えるひとつの原因ともなりました。

 当時は東西冷戦の最中で、対するソ連でも、自主規制や発禁どころか、作家らの粛清や強制収容所送りを伴う苛烈な表現規制がされており、マッカーシズム同様、世界的にそういう時代であったとする意見もあります。 ソ連などでは、体制の批判はもちろん、ちょっとした娯楽要素も 「自由主義的である」「表現が 反動的 である」 として規制の対象となっていました。 しかしだからといって、表現の自由をアメリカが率先して制限するのは、やはり行き過ぎでしょう。

 一部の作家は、それでもマンガの多様性や発展のために様々なテーマの作品を描き続けたり、あるいは自主規制を受けない アンダーグラウンド に活躍の場を移したり、コミックコードを無視した 「ノンコードコミック」 といった独特な作品土壌を開拓しましたが (ただし書店で販売することはできず、雑貨屋やヘッドショップで販売するなど)、徐々に勢いを失うことになりました。

 マンガに対するバッシングも数年もすると沈静化し、1960年代からはそれまであまり見られなかったテーマを扱ったマンガが次々に登場、読者の支持を得て人気となり、1970年代前後頃からはコミックコードも徐々に緩和され (新たに年齢規定を大きく取り入れて分化が始まったことにもよります)、1990年代から2000年代にかけ、コミックコードを意識しない大人向けの作品も生まれています。 また日本製の 「MANGA」 からの影響などもあるのでしょう。 しかしかつてのアメコミ全盛時代と比べると、作品点数、扱う多様なテーマそれぞれのボリュームなど、「復活した」 とは云いづらい状況がその後も続いています (これはマンガの販売スタイルが変わったり、販売価格が高騰するなど、規制以外の要素が複合した結果でもあります)。

 なおこうした規制はマンガだけではなく、アニメなども同様に行われています。 日本製アニメなどはアメリカでも広く親しまれていますが、日本版とアメリカ版では、その内容が大きく変わっている場合が少なくありません。 日本の人気アニメのアメリカ版などを見ると、「そこまでやるのか」 と日本人である筆者などは驚くほど、徹底した修正がなされています (裸や性的なシーンはもちろん、胸の谷間や膨らみ、へそ出しや体の線がでた描写、スカートからのぞく太ももなども、編集で徹底的に取り除かれています)。

 ただし一方で、日本ではわいせつ物として摘発の対象になるような裸体の部位が無修正のアダルトアニメなども流通していますから、徹底した規制というよりは、厳密なゾーニングの結果だという面もあります。

日本でもアメリカの影響により、マンガを巡る厳しい状況は同様

 こうした動きはアメリカだけでなく日本にも波及し、いわば 「漫画狩り」 とも呼べるマンガ排斥の動きが保護者や一部団体から巻き起こることになります。 ワーサムの論理などは週刊誌も好意的に扱い、1949年頃にはマンガの悪影響を訴える声が出始め、その後 「PTA」 を中心に、マンガの排斥運動が巻き起こります。 1955年の 悪書追放運動 です。

 雑誌に対する 「低俗出版物追放運動」 という国内の情勢や、アメリカの公聴会やコミックコード導入の状況などを受け、日本でも1955年7月には、出版社や取次会社、小売書店ら関連4団体が、後の 「出版倫理協議会」(1963年発足) の前身となる 「出版倫理化運動実行委員会」 を設立、有害図書 に関する対応など、声明を発表します。

 しかし一部の急進的な保護者団体らは 「漫画は健全な子供の成長の敵だ」 と叫び、「日本子どもを守る会」 と 「母の会連合会」、及び GHQ により導入を命じられた各地域のPTAらが、「読まない 見せない 売らない」 の3ないをスローガンとした全国的な悪書追放運動を展開。 マンガに何回銃や刀が出てきたか、殴打のシーンは何ヶ所あったかなど作品ごとに事細かにリストアップし、それを元に強硬な反対運動を開始。 国や自治体への陳情や、版元、書店などへの苦情申し入れが相次ぎました。

 前後して、一部の女性議員らが衆議院選挙の運動中に小学校の校庭にマンガ本を積み上げ、当時人気の手塚治虫らの漫画に火をつけて燃やすパフォーマンスを展開。 焚書だとして大きな社会問題になります。

過激な表現以外にも、マンガの全部が嫌い! といった主張まで…

 批判の中には、マンガをろくに確認していないもの、貸本屋のマンガの衛生面を大問題にするものや、一部の漫画家の思想的背景や人格をも問題にするなど、マンガの全てが許せないかのような感情的なものでした。 アメリカでは、コミック文化自体が衰退したことにより、コミックの排斥運動は下火となりますが、マンガが大きく発展し、成人向けの性的表現のあるマンガまでが登場した日本では、こうしたバッシングがその後も何度も繰り返されています。

 マンガなどを描いたり出版する側では、有害コミック の排斥や、子供向けポルノ追放運動 などが起こるたび、自主規制を徐々に強化。 成年コミックマーク を設けたり、書店などでの ゾーニング を行うなど、様々な対策を打ち出し実施しています。 しかし規制派の本当の目的が、あるいは 「子どものため」 ではないのなら、妥協や譲歩も無駄になり、最終的にはアメリカのように、何でもかんでも全て規制にならざるを得ないのかも知れません。

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(同人用語の基礎知識/ うっ!/ 2000年10月16日)
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