ロリコン誌とエロ劇画誌との融合と、ペンギンクラブの誕生
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| ペンギンクラブ(辰巳出版) |
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| LO (エルオー/ 茜新社) |
「美少女コミック誌」「美少女誌」 とは、B5版 (→ 「B版」) の少年誌サイズの平綴じや中綴じスタイルのアダルトコミック雑誌のうち、主にアニメチックなキャラクターが登場するエロマンガが掲載された成年向けマンガ雑誌、エロ漫画誌のことです。
昔ながらの劇画チックな成年コミックも未だ健在ながら、アダルトコミックの主流が 「ロリコン」 ブームを経て むしろこういった作品になったこともあり、現在では美少女というカテゴリ表示を抜いて 「成年コミック」、略称として 「成コミ」「成コ」 でもこの種の作品を示す場合があります。
また自治体や一部保護者からは 「有害コミック」、あるいは 「有害図書」 とも呼ばれます。
星の数ほどの雑誌が生まれては消え…
過去に出版され現在は休刊廃刊となっている雑誌、現在も出版されている雑誌ともに膨大な数があります。
わずか数号で休刊廃刊したり、ずっと創刊準備号のまま何年も続いたり、増刊号の増刊として誌名を一部だけ変えて不定期で刊行されたり、あるいは一度休刊となった後、版型と出版社を変えて同じ誌名で刊行されるなど、それぞれに一定の流れ、編集プロなどの系譜はあるものの、全体を見通すのはかなり難しい (というか、面倒) だったりするのがこのジャンルです。
連載していた作家に至っては、わずか1本だけ、穴埋めの読みきり短編を出して終了みたいな完全素人の漫画家も多く、こちらも全体の把握はかなり困難です。
と云う訳で、ここでは美少女コミック誌の前史となる戦後のカストリ雑誌も含め、大雑把な全体像の俯瞰を雑誌の表紙などを織り交ぜながらご説明してみようと思います。 さらにそれ以前のお話 (「艶本」 や 「地下本」、「造化機論」 や 「エログロナンセンス」 など) は、「同人」 項目でご紹介しています。
エロマンガは劇画からアニメチックなマンガ、コミックへ
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| 桃姫 (富士美出版) |
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| COMIC 少女天国 (ヒット出版社) |
この種の雑誌類の直系の始祖は同じく B5 の版型で成年コミックとして売られていた 「週刊 エロトピア」「劇画 アリス」「漫画 大快楽」「漫画 エロジェニカ」「プレイコミック」「劇画 ジャンヌ」「週刊 漫画」「漫画 パンチ」 などの週刊かそれに近い頻度で刊行されていた官能劇画エロ雑誌でした。
うち KKベストセラーズ が発行していた 「週刊 エロトピア」 は、アダルト劇画・コミック誌として代名詞化するほどの影響力を持ち、創刊は 1973年。 このカテゴリの雑誌類の元祖とされています。
元々マンガは子供向けのものとして販売されていましたが (劇画は大人向けのような雰囲気があった)、サラリーマンのお父さんが通勤途中に読むためにキオスクなどで購入するマンガ雑誌も少し遅れて売り出され、そのうちエロに特化したマンガをまとめて売るようになったのが、上記のいわゆる 「官能劇画誌」「エロ劇画誌」でした。
ちなみに最盛期には住宅地域の駅の出入り口に、これらのマンガ雑誌を含むアダルト雑誌を帰宅前に捨てるための専用の回収ポスト (「白いポスト」、子供を守るポスト) が設置されていたものです。
俗に 「新しいメディアは常にエロが牽引する」 …なんて云いますが、マンガや劇画に関しては、健全 (エロでない一般向け作品) が大手版元から出され広まってから、それを中小弱小、およびエロ専門が 18禁にして追従、隙間を埋める感じで発展しています。
カストリ誌から劇画、エロマンガ雑誌
さて、前述の通り 「週刊 エロトピア」 に始まる官能劇画、エロ漫画専門誌ですが、この種の雑誌誕生の前史をさらにさかのぼると歴史も古く、またいきさつもかなり錯綜しています。 根源までさかのぼるとマンガ誕生の頃とか、明治大正の文芸同人、あるいは浮世絵の 「春画」 にまでそのルーツを辿れてしまいますが、純粋な意味でのエロ劇画、美少女コミックと似たテイストの雑誌となると、いわゆる戦後のカストリ雑誌あたりを発祥とするのが適当でしょうか。
「カストリ」 とは 「酒粕取り」、すなわち粗悪なカストリ酒 (焼酎、もしくは密造酒) のことで、「3合飲むと酔いつぶれる」 が転じて、創刊から3号も出したらつぶれるという、下世話・安直な内容で粗悪な紙を使ったダーティーなイメージの庶民向け安価な娯楽雑誌のことです。
これらの言葉が盛んに使われた当時 (1946年前後) はお金のない若い文化人や雑誌編集者がこれで深酒をしていたから…なんでしょうが (^-^;)、戦後の脱力感、占領され統制されて印刷用の紙すら入手困難な時代背景も手伝い、俗に 「カストリ文化」 なんて呼ばれるゲリラ的で野卑な文芸運動の一種のような流行もありました。
カストリやこれらの流れを汲む雑誌は、戦後の表現の自由、出版の自由の空気の中、粗製濫造され、その多くは下品なゴシップ、エロやエロ小説などを売り物とする庶民向けの低級な雑誌でした。 これらの雑誌は現在の駅スタンドで見かける夕刊紙やゴシップ週刊誌などにも連なっていますが、弱小版元発行で広告収入がほとんど見込めず、従って売り上げが一般雑誌以上に至上命題で、「売らんかな」 のセンセーショナルな特集や記事内容、収録作品を全面に打ち出すような誌面構成が特徴でした。
ただし 「低級」「低俗」 とは、当時の価値観での評価ですから、こんにちの目で見ると、十分に文芸作品として成り立ってるような作品もあります。 また当時の世相、庶民感情をこれくらい反映している雑誌もあまりなく、一部の好事家からは研究やコレクションの対象にされています。
ところでマンガ雑誌の人気や漫画家を志す若者 (当時はしばしば学生運動やらの左翼革新的な政治的考えも持っていた) らの 「エロに名を借りた思想伝播の手段」 としても、当時は大いに持てはやされた出版形態だったのは、注目すべき点です。 カラーグラビアによる女性ヌード写真などが紙質的にも印刷コスト的に折り合わないため、インパクトや視覚と感情に訴える方法として、マンガなどとの親和性がとても高かったようですね。 「しょせんエロ」 という関わった側の自嘲気味な開き直り、思想書的な体裁をまったくとっていなかったこともあり、何でもかなり自由に発表できる雰囲気があったようです。
三大エロ劇画誌の時代、各地で論争やバトルが勃発
時代をくだり 70年代に入ると、官能劇画雑誌 「エロトピア」 の創刊と成功を経て、さらにエロに特化した 「劇画 アリス」「漫画 大快楽」「漫画 エロジェニカ」 が、俗に三大エロ劇画誌と呼ばれその地位を確立しますが (同時にエロ劇画が完全に定着した)、いまでは考えられませんが、編集者やコラムニスト、漫画家などの書き手がおのおの支持する学生運動セクトなどを標榜していたり、他の編集部と劇画や政治思想についての論争 (時に酒場などでのリアルファイト) なども結構後年まで起きていたものです。 またマンガのストーリーも、エロとは云いながら、旧日本軍の軍人が中国の娘を襲う筋立てだったり、駐留アメリカ兵が日本人娘を襲うような、やや思想的な歴史観に基づくようなものもかなりありました。
こういった 「アングラ」 な漫画の世界は、一方は 「ガロ」 に代表される よりサブカルチャー的な装いをまとった先鋭的な出版文化として発展し、一方は 「エロトピア」 などエロ本やピンク映画など風俗的な射精産業の一部を担いながら発展します。 それらは人が行き来したりしながら互いに独特の暗さ、尖り方をしながら商業ベースに乗ったり降りたりまた乗ったりしながら、「偉大なるB級コミック」 という地位を、「少年ナントカ」 のような大手版元の大部数少年少女誌や青年誌と違った独特のものへと作り上げてゆきました。
いわゆる 「ロリコンコミック」 雑誌の創刊と、その融合
1980年代後半から90年代前半に掛けて、「ロリコンコミック誌」「ロリコン誌」 と呼ばれるタイプの成年コミック雑誌が多く出版されるようになりました。 体裁はA5版平綴じが多く、紙質も良好。 販売価格は 500円〜 800円程度でした。
これは、B5の中綴じで 200〜300円程度で売られていた劇画エロ漫画雑誌に比べると随分と豪華なつくりですが、元々はグラビア雑誌であった 「レモンピープル」 が美少女コミック誌としてリニューアルして成功。 その際に版型などを踏襲したのが要因として大きかったと思います。 体裁も雑誌とコミック単行本の中間のような立派な感じで趣味性が高く、一般流通出版物などと比べ価格的にかなり割高な 「同人誌」 に親しんだ層に受け入れらたこともプラスになったようです。
「漫画ブリッコ」 の創刊と、ニューウェーブコミックの登場
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| 漫画ブリッコ (セルフ出版) |
なお 「ロリコン誌」 と名前が付いていますが、後追いで発行された類似雑誌は必ずしもロリコンマンガばかりが掲載されていた雑誌だと云うわけではなく、少女漫画チックな絵柄のエロマンガとか、時には劇画調のエロマンガなども載っていました。
多くは新参の編集専門プロダクション (大手版元の編集が独立したもの、逆に 「コミケ」 などで 「委託編集同人誌」 を作ってるようなミニコミ系の完全素人プロも多かった) が 「編集」 を担当し、大手・準大手版元の雑誌コードを借りる形 (しばしば○○増刊号みたいな形式で出版) で売り出していました。
前後して、いわゆる少女向け少女漫画と、男性向けエロマンガのちょうど中間のようなテイストの作品を多数掲載し、後にその世界で活躍する作家を多数輩出したマンガ雑誌、「漫画ブリッコ」 が1982年、東尾孝の編集 (後に大塚英志) により創刊 (発行/ セルフ出版/ 発売/ 日正堂、その後白夜書房より発行) 。
時々で雑誌の傾向が変わりながら緒、少女漫画やアニメやエロやロリコンが渾然一体となった独特な世界、ニューウェーブコミックを 「ブリッコ」 が牽引してゆきました。 この世界で活躍する作家は、マンガ雑誌はもちろん、多くのアダルトグラビア系雑誌に掲載される読みきりマンガなども精力的に執筆し、それまでのエロマンガとはまた違ったファン層を開拓してゆきます。
これらの発端には、コミケなどでの半素人作家によるエロマンガの人気や、70年代後半からのアニメの大ブームなどが大きく影響していたようです。 それまでエロマンガ雑誌では少数派だった、ロリコン風・アニメ風の女の子・娘が描かれた作品が中心の構成でしたので、すなわち 「ロリコンコミック誌」「ロリコン誌」「ニューウェーブコミック」 と呼ばれるようになったんですね。 男性向け同人誌などの人気もあり、これらの雑誌は同人作家によるアニメチックなエロマンガを多数掲載するようになり、またそれに伴って、コミケやら 「同人サークル」 やらの情報も取りまとめるようになり、ますます現在のような美少女コミック化を遂げてゆきます。
こうした版型で価格帯の雑誌は現在も発行されていますが (「COMIC 少女天国 (ヒット出版社)」 など)、劇画チックなエロマンガ雑誌が大きく衰退し、アニメチックな美少女キャラが中心の、いわゆる 「美少女コミック雑誌」 にエロマンガ業界全体が大きくシフトしたこと (エロトピアなども末期は少女漫画風、アニメ風の作品が全体の多くを占めるまでになってました)、大手出版社の青年向け漫画雑誌にエロが積極的に取り入れられたこともあり、現在は 「美少女誌」 とカテゴリ的に別ける意味がないくらいにまで両者は接近、あるいは一体化しています (一方で、頑固な昔風の官能劇画誌が何冊も生き残って、それなりに新しい表現をいまだに作っているのがすごいところですが、ここらは日本漫画の気の遠くなるような裾野の広さを感じさせてくれます)。
そして 「ロリコン」 ブームとともに生まれ、コミック本としてリニューアルした 創刊を経て、1980年代末に、「ペンギンクラブ」 創刊を迎えます。 現在の定義で云うB5版低価格の美少女コミック誌としての元祖として、2000年代末の現在も刊行し続けている 「ペンギンクラブ」(1986年創刊/ ペンクラ/ (辰巳出版) こそが、今の美少女誌の様式と内容をはっきりと最初に提示し読者からも強く支持された、この手の雑誌の 「ルーツ」 と呼んで良いと思います (ペンクラには増刊号として継続刊行している 「ペンギンクラブ 山賊版」(1988年) 「ペンギンセレブ」 なんてのもあります)。
美少女ゲームからゲーム雑誌の参入も
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| COMIC メガプラス (コアマガジン) |
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| COMIC 阿吽 (ヒット出版社) |
ロリコンモノというイメージから美少女モノと云うイメージ、「おたく」 御用達のイメージが決定的になるのは、これらのコミックから互いに影響を与えながらその地位を確立した美少女ゲーム、「18禁」 のエロゲー (エロゲ、成年向けゲーム、ギャルゲー、ギャルゲなど) の人気と流行でした。
それらの攻略情報を載せたゲーム雑誌が次々創刊、それらはしばしばオールカラーかそれに近い豪華な作りで、攻略情報と云うよりエロゲのCGのサンプル画集のような体裁で、「実用的なオカズ」 として一定数以上の売り上げを常にキープする存在になりました。
元々アニメやマンガとゲームとは親和性が高く、健全な作品でもメディアミックスが盛んでしたから、ファンや作り手が交差していたこともあり、これらのテイストを受け継いだゲーム雑誌の増刊の形の美少女コミック誌も多数創刊されました。
黎明期には、既存のロリコンコミック誌や美少女コミック誌で活躍していた作家らがキャラクターデザインや原作を受け持つギャルゲーが多く出て、両者は住み分けながらも影響しあって業界を大きく牽引して行く存在になっています。
子供向けポルノ追放運動と成年コミックマークの導入
1990年に和歌山県の一主婦の訴えにより全国的な展開となった運動 「子供向けポルノ追放運動」 (または 「有害コミック排斥運動」 などとも) により、こうした美少女雑誌は冬の時代を迎えます。 同人誌の編集プロやそれを取り扱う書店の店主などが逮捕されたり、各地の保護者団体の新聞やテレビ、ラジオなどへのニュース媒体への働きかけや投書もあり、街の書店の一部やコンビニなどからこの種のマンガが一斉に消えました。
当時はニュース番組だけでなくワイドショーなんかでも、おどろおどろしい音楽と一緒にとりわけ酷いエロ描写ページをモザイクをかけてことさらにテレビで流していましたし、ある局では漫画家や編集者と保護者団体との公開討論のようなものまで流れ、漫画家や編集者側の 「これらは成年向けのマンガだ、子供の読むものではない」「排斥や書物狩りは表現の自由に反する」「こういったマンガや雑誌で生計を立てている人間が大勢いる」 との意見に、保護者団体側は 「マンガは子供が読むものだ」「女性を性的にもてあそぶような表現の自由などいらない」「こんな仕事をしていること自体が間違っている、これを機会にまともな職につくべき」 と応酬。 まるで話がかみ合ってなかったのを思い出します。
時代背景として、実写写真グラビアであるロリコン写真集と美少女エロマンガ雑誌などがほとんど同じ扱いになってしまったこと、いわゆる 「宮崎勤事件」 がそれ以前にあったこと、成年向けのマンガと子供向けのマンガの区別がつかないままに反対する空気があったこと (マスコミは 「こんなマンガが子供向けの雑誌に載ってるんです」 的な誤った報道を繰り返していました) がありました。
これらの状況を受けてマスコミがマンガから性的表現を一掃しようとの大きなキャンペーンを張ったことなどもあり、各出版社は連載する作家や作品に対して大きな 「自主規制」 をしたり、一部の雑誌を休刊としたり、「成年コミックマーク」 を表紙につけたり、店頭で中身が未成年者に見られないようビニール袋で覆う、「ゾーニング」 として完全に売り場を分ける (結果として、装丁などで未成年者の閲覧を気にする必要がなくなったため、表紙などが過激になった) など、対応に追われることになりました。
なお問題の発端となった雑誌は大手版元の青年誌であり、同人誌やこの手の美少女誌とはカテゴリの違うものでしたが、最終的には 1992年 (平成4年) 3月に萬画家の故・石ノ森章太郎氏を代表に、出版関係者や山本直樹氏らも加わって 「コミック表現の自由を守る会」 が結成され、窮状を訴えるほどの大きな運動となりました。 その後、健全系の作品である 「セーラームーン」 が男女マンガファン共に強く支持され、エロにとどまらない空前の 「美少女ブーム」 が起こり、美少女系コミック誌は全盛期を迎えましたが、「マンガを規制せよ」 という動きは、常にこの種類の雑誌について回っている難しい問題となっています。
次のページでは、美少女コミック誌の一覧を掲載しています。 表紙画像があるので、激重です。
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