同人用語の基礎知識

才能の無駄遣い

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「職人」 に対する、最大限の賞賛表現の一種 「才能の無駄遣い」

 「才能の無駄遣い」(無駄使い) とは、「フラッシュ動画」 や 「マッドムービー」、「マッドビデオ」、あるいは高度で迅速に作られた 「アイコラ」「アスキーアート (AA)」、フリーウェアソフトやアクセサリー などの作者 (職人) に対し、半ば 「ここまでやってしまうとは凄すぎる…もはや開いた口が塞がらない」…的な (呆れた) 驚嘆のニュアンスをも含めた、最高の賞賛表現の一つです。

 こうした賞賛の表現は、「パソコン通信」 の時代あたりにもありました (高価な高性能パソコンで下らないゲームやフリーウェアソフトをあえて動かすことを、「スペックの無駄使い」「リソースの無駄使い」 なんて呼んでいましたが、それが転じて 「バカバカしい事に全力投球」 とか、「低次元なのに大鑑巨砲」 で必死に臨む職人を、それに近い言い方で表現していました)。 これが 「才能の無駄遣い」 という、ひとカタマリのフレーズ、表現になったのは、インターネットの時代になってからでしょうか。 「2ちゃんねる」、および 「ニコニコ動画」 近辺などでは、頻繁に目にする言葉、フレーズとなっていますね。

 わずか数分、あるいは数十秒の動画や音楽、あるいは一瞬で見終わるイラストに、「どうしてここまで惜しみのない才能と努力と (恐らくは数十時間もの) 時間を注ぎこめるんだ」 との驚きをストレートに出した感嘆フレーズになりますが、現在は 「見るものを圧倒する力作」 の代名詞として 「才能の無駄遣い」 というひとかたまりの慣用句が、例えばブログや動画サイトのカテゴリ (タグ、キーワード) としても認知されているようです。

どうでもいいことに膨大な時間と努力を注ぎ込む職人…まさに 才能の無駄遣い

 この下らないことに全力投球という営みは、筆者も個人的にそういう姿勢が大好きなので何となく分かりますが、やってるうちにどんどんエスカレートして、気がついたら限度を超えてすさまじいものになっていた…ってケースが結構ありますね。 本人はそれほどでもと思っていても、外から見ると往々にして成果物としてほぼ完成したものがいきなり出てきますので、やっぱり強烈なインパクトと共に 「ありえねー」「すごすぎ」 ってことになるんでしょうか。

 動画や音楽、ソフトなんかは作りこみも重要な要素ですが、一方で、瞬発力の求められる作品 (たった今、テレビで放送されたばかりのシーンをすぐにAAにしたり、キャプチャーした画像にヒネリの効いたアイコラを施すなど) にも、惜しみのない賞賛の声が寄せられるケースが多いですね。 とりわけ同じ趣味を持つ人から 「俺も○○はやってるけど、この作品は凄すぎる」 なんてコメントがつくと、揺るぎのない 「才能の無駄遣い認定」 されるようです。

 ポイントとしては、「作品そのものの完成度が非常に高い、プロ並あるいはそれを凌駕する完成度である」「すさまじい時間をかけていると思われる、逆にこんな短時間でそこまで作れるのかと思われるほどの瞬発力と作業効率の良さを思わせるスピードがある」「ネタとして面白みがあり、ツボを押さえている」「無料で配布されている」 あたりでしょうか。 これらのうちどれか1つでも大きく欠けていると、なかなか才能の無駄遣いとまでは賞賛されません。

 なおちょっとひねった云い方で、「その才能を実生活で活かしていれば今頃は…」 とか、「そこまでできるのにヒキニートか…」「才能があるのに童貞か…」 なんてのもあります。 ここらも罵倒っぽい表現ですが、憎まれ口を叩きながらも舌を巻く、賞賛のひとつといって良いと思います。

「才能の無駄遣い」 以外にも様々な、ちょっと捻った賞賛表現が

 また賞賛表現にはこのほか、「鳥肌」「鳥肌注意」(見ていて感動の余り鳥肌が立つような作品、鳥肌ものの意) や、「神」「ネ申」(神懸かっている、神霊が作者の体に乗り移っているかのごとくすごい作品だの意)、「ふつくしい」 (余りに美しすぎてロレツが回らない状態での 「美しい」 との意)、「全米が泣いた」「全米が興奮した」(ハリウッド映画などで感動巨編に冠せられるプロモーションのキャッチコピーなどの転用)、「○○の才能に嫉妬」 などがあります。

 また 「初音ミク」 を躍らせる3Dアニメ作成ツールに対して 「振り込めない詐欺」 などという賞賛表現もありますが、「才能の無駄遣い」 よりもさらに激しく、「才能の不法投棄」 などとまで評されるケースもありますね。 またあまり評価されてなかったり、不当にスルーされている作品やレスなどに対して、「○○はもっと評価されるべき」 なんて賞賛の方法もあります。

 なお、才能の無駄遣い(笑) や、※鳥肌注意※ とか、鳥肌注意(笑)、なんて書くと、今度は逆に侮蔑の意味、罵倒表現になります。

才能の無駄遣いは、本当に無駄遣いなのか…

 「才能の無駄遣い」 という言葉自体は、作者ではなく作品を見た人からの評価、賞賛で、本人が 「俺の才能を無駄遣いしたぜ」 と自称するようなものではありません。 そもそもそんな 「上から目線」 では、才能の無駄遣いなどという賞賛は得られないでしょう。

 以下は筆者の独り言ですが、「才能」 ってのは、腐ることはあっても、枯れることはあまりないと思っています。 面白いもの、素晴らしいものを生み出す人は、往々にして次から次へと、どこにそんなに才能のストックがあるのか…と思うくらい新しい作品を作ります。 これは自省も含めての印象ですが、「才能」 は惜しみなくどんどんと放出すればするほど、泉のように新しい才能やひらめき、発想が出てくるものだと思います。 一方で、後生大事に大して面白くもないアイデアを何年も暖め続け、腐らせ、いつまでたっても形にできない人もいます (筆者ですw)。

 無駄遣いは決して無駄遣いではなく、新しい才能やアイデア、発想を湧き出させる呼び水なると、才能溢れる友人やクリエーターと交流していて強く思います。 出し惜しみせず、とにかく一度、ありったけを外に出してみたらどうでしょうか。 そこでアイデアや才能が尽きて倒れる場合もあるかも知れませんが、もしそうなら、しょせんはそこまで。 むしろそれが大きな呼び水、発破となって、次の素晴らしいアイデアや才能が吹き出るのを期待しましょう。 たぶん多くの有名な職人、才能溢れるクリエーターは、そういう道を歩んで階段を登っていったと思います。

 筆者の学生時代には、パソコンで動画を扱うことなどできませんでした。 フルカラーの画像も扱えませんでした。 8ミリシネ (アマチュア映画) はやっていましたが、しょぼい15分くらいの映画を作るのにもものすごい労力とお金が必要で、しかもそれを数十人に見せるだけでも、大騒ぎでした。 高校の時、文化祭のための映画を作りましたが、100人に見てもらうのに大変な努力が必要でした。

 今、パソコンで動画は簡単に扱えますし、YouTube やニコニコ動画にアップすれば、一夜にして数百人、数千人、場合によっては数十万人に、それを見てもらうこともできます。 こういう環境があるのに、「才能を出し惜しみ」 するのは、愚かなことだと、年寄りの筆者は思います。 どうか素敵な作品を作って、見せてください。

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(同人用語の基礎知識/ うっ!/ 2004年3月11日)
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